三重の関宿は東海道47番目にあたる唯一の重伝建に選ばれた宿場町

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三重県亀山市の関宿は、東海道五十三次の47番目にあたる宿場町で、江戸時代から明治時代にかけて建てられた古い町家が東西約1.8キロメートルにわたって連なる重要伝統的建造物群保存地区(重伝建)です。1984年12月に国が重伝建に選定しており、東海道五十三次の宿場町のなかで、まとまった町並みが重伝建に指定されているのはこの関宿1か所だけです。近年は徒歩や車ではなく、自転車でのんびり巡るポタリングという楽しみ方が広がっており、宿場内をゆっくり流しつつ、周辺の鈴鹿川沿いや旧街道まで足を延ばすスタイルが定着しつつあります。この記事では、2026年7月時点の情報として、関宿の歴史、町並みの見どころ、名物、ポタリング向けのルート、アクセスまでを一通り整理します。着物姿の観光客が行き交う旧東海道を、自転車を押しながらゆっくり味わう時間は、車の窓越しでは得られない密度で町の空気を伝えてくれます。

目次

関宿は東海道五十三次で唯一まとまった町並みが重伝建に選定された宿場町

関宿は東海道五十三次のうち、江戸から数えて47番目にあたる宿場町です。三重県亀山市に位置し、旧東海道沿いに江戸期から明治期の町家が東西約1.8キロメートルにわたって連続して残っています。国から重伝建に選定されたのは1984年12月で、三重県内では初の選定、全国では20番目の選定でした。東海道五十三次の宿場町のうち、まとまった町並みが重伝建として認定されているのは、この関宿1か所だけです。

重伝建は文化財保護法にもとづく制度で、市町村の申し出を受けて国が選定します。関宿の保存範囲はおよそ25ヘクタール、その中に江戸期から明治期に建てられた伝統的な町家が200軒あまり現存しています。単独の建造物ではなく町全体が連続して残っている点が、他の史跡と一線を画す価値です。関宿は「日本の道百選」にも選ばれています。

関宿の歴史は古代鈴鹿関にさかのぼり慶長6年に東海道の宿場となった

関宿の歴史は古代までさかのぼります。7世紀後半の壬申の乱のころ、この地には古代三関のひとつ「伊勢鈴鹿関」が置かれたと伝わります。三関とは、都から東国への出入りを監視するために設けられた関所で、伊勢鈴鹿、美濃不破、越前愛発の3か所を指します。関宿という地名そのものが、この鈴鹿関に由来するとされており、地名の由来からすでに1000年以上の歴史を背負った土地であることがわかります。

中世から戦国期には、伊勢国の領主だった関盛信がこの地を治めました。16世紀末の天正年間に領内の道路を改修したことが、現在に続く関宿の町並みの原型になったといわれます。慶長6年(1601年)には徳川家康が東海道に宿駅制度を敷いたことで、関宿は正式に東海道47番目の宿場として整備されました。

江戸期の関宿は、参勤交代の大名や、お伊勢参りの旅人で賑わい、最盛期には本陣が2軒(川北本陣と伊藤本陣)、旅籠が40軒あまり軒を連ねる、東海道でも屈指の規模を誇る宿場町だったといわれます。関宿には東西2つの追分があり、東の追分は伊勢別街道が津方面へ、西の追分は大和街道が奈良方面へと分岐する交通の結節点でもありました。明治以降は、幹線ルートから外れたことが結果的に町並み保存に幸いし、大規模な開発を免れて古い町家がそのまま残ったという経緯があります。

関宿の町家は厨子二階と虫籠窓が特徴で200軒あまりが1.8キロに連なる

関宿を自転車で走り抜けると、独特のリズムを持つ町家の連なりが目に入ってきます。関宿の伝統的な町家は、二階部分の天井が低い「厨子二階(つしにかい)」と呼ばれる形式が多く、二階の正面には明かり取りと通風を兼ねた小さな「虫籠窓(むしこまど)」が設けられています。一階の正面には引き戸式の格子戸がしつらえられ、格子越しに家の中の様子がほのかに感じられる造りになっています。

軒先には、日除けと雨除けを兼ねた横幕状の板が取り付けられており、他の宿場町ではあまり見られない意匠だといわれています。折りたたみ式の縁台「ばったり」や、屋号を記した吊り下げ看板も随所に残っており、当時の商家の機能美を今に伝えています。虫籠窓や袖壁の漆喰細工には、家運長久や子孫繁栄を願う草花や鶴亀などの縁起物が彫られた家も多く、細部を見て歩くほど発見のある町並みです。

車の窓越しでは見過ごしてしまう格子の意匠や、軒下の看板の文字が、自転車のペースだと自然と目に入ってきます。この密度感こそが、徒歩と車のあいだにある移動手段としてのポタリングの強みだといえるでしょう。

関宿の見どころは旅籠玉屋や地蔵院、眺関亭、東西の追分に集中している

関宿を訪れて外せないのが、江戸時代に実際に営業していた旅籠を修復して公開している「関宿旅籠玉屋歴史資料館」です。「関に泊まるなら鶴屋か玉屋、まだも泊まるなら会津屋か」と俗謡に詠まれたほどの有名旅籠で、亀山市の指定文化財となっています。帳場、客間、台所、旅人が実際に宿泊したとされる部屋が当時の姿のまま再現され、江戸期の旅籠の暮らしぶりや旅人たちの往来を体感できます。

宿場の中ほどにある「地蔵院」は古義真言宗御室派の寺院で、伝承では奈良時代の天平13年(741年)に行基が創建したとされます。本尊の地蔵菩薩坐像は日本最古の地蔵尊像のひとつともいわれ、古くから旅人の信仰を集めてきました。地蔵院の向かい側にあるのが会津屋で、女性の身で父の仇討ちを成し遂げたと伝わる「関の小万」の生誕地としても知られています。会津屋は現在、大正時代の竈で薪と地下水を使って炊き上げる山菜おこわが名物の食事処として営業しています。

宿場のちょうど中間地点にある百六里庭は、江戸からおよそ百六里の位置にちなんで名づけられた小さな庭園で、その一角に設けられた眺望休憩所が「眺関亭(ちょうかんてい)」です。地上を歩いていると気づきにくい瓦屋根の連なりや町並みの全体像を、ここから一目で確認できます。

東西の追分も見逃せません。東の追分は東海道と伊勢別街道が分かれる地点で、伊勢神宮を示す大きな鳥居が今も残り、往時の賑わいを伝えています。西の追分は東海道と大和街道の分岐点で、東の追分よりも静かな雰囲気があります。両方を訪れると、関宿が単なる宿場ではなく、複数の街道が交わる結節点だったことが実感できます。

このほか、関まちなみ資料館では、江戸時代末期に建てられた町家建築を活用しながら、町並み保存の歩みや地区の文化財、歴史資料を写真とともに展示しています。本陣跡や高札場跡の案内板、外観を宿場の景観に溶け込ませた百五銀行関支店なども、宿場散策の途中で目に入ってくる要素です。

関宿の名物は江戸期から御所に献上された銘菓「関の戸」

関宿の代表的な名物は、深川屋関の戸本舗が販売する銘菓「関の戸」です。赤小豆のこし餡を、和三盆をまぶした白い求肥餅で包んだ上品な味わいの餅菓子で、江戸時代には参勤交代の大名の間で評判となり、京都御所にも献上されたと伝わります。深川屋は関宿でも特に古い歴史を持つ老舗で、店構えそのものが見応えのある町家建築になっています。

関宿では、町家を改装した飲食店やカフェも増えてきました。たとえば「古民家かふぇきーぷ」は、木造の伝統的な建物をそのまま活かした落ち着いた雰囲気の店で、モーニングサービスや軽食、喫茶メニューを提供しています。コーヒーや紅茶、ジュースのほか、亀山の特上茶「きせき」も味わえ、軽食にはサンドイッチやトースト、スープが用意されています。ランチは数量限定で、週替わりのメニューが売り切れ次第終了になるため、狙うなら少し早めの時間帯が確実です。

着物のレンタルサービスもあり、着物姿で町並みを歩きたい旅行者に選ばれています。ポタリングの休憩がてら町家カフェに立ち寄り、コーヒーと甘味で足を休めるという過ごし方が、関宿の楽しみ方として定着しつつあります。

関宿ポタリングは亀山宿と鈴鹿川沿い、芸濃町方面の3ルートが定番

関宿を起点、あるいは経由地としたポタリングルートはいくつか定番があり、走行距離や脚力に応じて選べます。主なルートを表にまとめると、次のような整理になります。

ルート走行距離の目安難易度特徴
亀山宿から関宿へ旧東海道短距離初心者向き平坦な道が中心。宿場町を2つはしごできる
鈴鹿川沿いから関宿へ中距離初中級川沿いの走りやすい区間が多く自然を感じられる
津市芸濃町から関宿へ約26キロメートル中上級安濃ダム経由の峠越え。伊勢別街道の一部をたどる
西の追分から大和街道方面中距離中級山あいの静かな旧街道の風情を味わえる

初心者向けなのは、JR亀山駅を起点に、旧東海道をたどって関宿へ向かうルートです。亀山宿から関宿までは比較的平坦な道が多く、途中に亀山城跡や亀山公園といった史跡もあり、東海道五十三次の宿場町を2つ連続で巡る「宿場町はしごポタリング」が組めます。

自然を感じたいなら鈴鹿川沿いのルートが向いています。関宿の近くを流れる鈴鹿川沿いには走りやすい道が整備された区間があり、川の流れを眺めながらのんびり走れます。鈴鹿市方面から鈴鹿川を遡って関宿を目指す場合、途中に数か所のアップダウンはあるもののおおむね平坦で、関宿手前のコンビニで補給を済ませ、西の追分にある休憩スポットで一息つく走り方が定番として紹介されています。

走りごたえを求めるなら、津市芸濃町の安濃ダム周辺を拠点に、峠道を越えて関宿へと至る約26キロメートルのコースがあります。山間部の峠越えを含むためやや脚力を要しますが、伊勢別街道の一部をたどるため、江戸期の旅人が実際に歩いた道を自転車でなぞる感覚が味わえます。西の追分から大和街道(加太越奈良道)方面へと足を延ばせば、山あいの静かな旧街道の風情に浸れます。関宿の賑やかな町並みとは対照的な、鄙びた峠道の雰囲気は関宿ポタリングのもうひとつの顔です。

関宿の中心部は自転車を降りて押し歩くのがマナー

これらすべてのルートに共通するのが、関宿の中心部、つまり旧東海道沿いの町並みは道幅が狭く観光客の往来も多いため、宿場内では自転車を押して歩くか、十分に速度を落として走ることが求められるという点です。古い町家の軒先すれすれを歩く観光客も多く、宿場内は「走る」というより「ゆっくり流す」感覚で通過するのが望ましい距離感です。

宿場を抜けた郊外区間でこそ、自転車本来の走る楽しさが味わえます。宿場内での押し歩きと郊外での快走にメリハリをつけるというのが、関宿ポタリングの基本スタイルです。装備についても、サイクリング競技のような専用ウェアは必須ではなく、動きやすいカジュアルな服装で問題ありません。自転車に乗ると想像以上に汗をかくため、吸湿速乾性のある服を選ぶと快適に過ごせます。安全のためのヘルメットと、できればグローブは着用しておきたいところです。関宿の町並みには石畳のような硬い路面や、観光客が行き交う狭い通りもあるため、万一の転倒に備えた最低限の安全装備は用意しておくと安心です。

使用する自転車も、必ずしも本格的なスポーツバイクである必要はなく、クロスバイクやミニベロ、電動アシスト自転車、普段使いのシティサイクルでも楽しめます。長距離の峠越えを含むルートに挑戦するなら、電動アシスト車が体力的な負担を大きく減らしてくれます。

関宿へのアクセスはJR関駅から徒歩数分または名阪関ICから車で数分

公共交通機関を利用する場合、最寄り駅はJR関西本線の関駅で、駅から関宿の町並みまでは徒歩数分の距離です。自転車を持ち込むなら、輪行袋を利用してJR関駅まで運び、駅前で組み立ててポタリングを始めるスタイルが取りやすくなっています。

車で訪れる場合は、名阪国道の関インターチェンジから数分というアクセスの良さがあります。関宿には観光客向けの駐車場が用意されていますが、夏祭りの際には交通規制が敷かれ、周辺道路が渋滞するため、イベント開催日には公共交通機関の利用が推奨されます。自転車を車に積んで最寄りの駐車場まで運び、そこからポタリングを始めるスタイルなら、走行距離を自分の体力や時間に合わせて柔軟に調整できます。

レンタサイクルについては、亀山市や周辺の観光案内所、道の駅などで貸し出しを行っている場合があります。三重県内では電動アシスト自転車を貸し出している観光案内拠点も複数あるため、峠道を含むルートを検討しているなら電動アシスト車を選ぶと走行の負担を減らせます。訪問前に最新の営業状況と貸し出し条件を確認しておくと安心です。

関宿祇園夏まつりは例年7月中旬に開催され「関の山」の語源となった

関宿では毎年夏に「関宿祇園夏まつり」が開催されます。元禄年間(1688年から1704年ごろ)から続くとされる伝統行事で、中町三番町、中町四番町、木崎、大裏の4台の山車が旧東海道を練り歩きます。祭りの際には山車が道いっぱいに広がり、これ以上前に進めないほど混み合う様子から「関の山」という言葉が生まれたともいわれており、地名と言葉の由来が結びついた興味深いエピソードです。祭りの開催時期は例年7月中旬とされていますが、日程は年によって変わるため、訪問を計画するなら亀山市や亀山市観光協会の最新情報を確認するのが確実です。

祭り以外の時期でも、関宿は四季を通じて異なる表情を見せます。桜の季節には旧街道沿いに彩りが加わり、秋には落ち着いた町並みに紅葉が映えます。真夏や真冬は観光客が比較的少なく、静かに町並みを味わいたい人には狙い目です。ポタリング目的なら気候の良い春や秋が最も快適ですが、冬場は空気が澄んでいて遠くの山並みまで見渡せるという利点もあります。

真夏の炎天下や真冬の路面凍結には注意したいところです。夏場は早朝や夕方の涼しい時間帯を選び、こまめな水分補給を心がけると快適に走れます。冬場は日の出が遅く日没も早いため、日没前には宿場を後にできる時間配分を組んでおきたいところです。祭りの当日は交通規制や渋滞が発生するため、静かに走りたいならあえて祭りの前後の平日を選ぶという楽しみ方も考えられます。

関宿ポタリングのモデルコースはJR関駅発着で東の追分から始める

初めて関宿をポタリングで訪れるなら、次のような一日の流れが定番として紹介されています。まずJR関駅前で自転車を組み立て、東の追分からスタートし、伊勢神宮の大鳥居を眺めて宿場入り口の雰囲気を味わいます。次に関宿旅籠玉屋歴史資料館に立ち寄り、江戸時代の旅籠の暮らしを見学します。そこからは自転車を押しながら町並みを西へ進み、地蔵院で一息ついたのち、関まちなみ資料館で町並み保存の歴史を学びます。深川屋関の戸本舗で関の戸を購入し、古民家カフェで小休止を取ったら、西の追分まで進んで大和街道方面の景色を眺めれば、宿場内の主要スポットはほぼ回れます。

途中で立ち寄りたいのが百六里庭に設けられた眺関亭です。宿場の中ほどで自転車を止め、階段を上って眺関亭から関宿の瓦屋根の連なりを見下ろせば、それまで走ってきた町並みの全体像を一度に確認できます。ちょうど町並みの中央付近を通過するタイミングで立ち寄るのが動線的にもスムーズです。

体力と時間に余裕があれば、西の追分からさらに自転車を走らせ、鈴鹿川沿いのルートや大和街道方面への小さな遠征を加えると、一日を通じたポタリングとして充実します。半日程度で切り上げたい場合は、宿場内の見どころを丁寧に巡るだけでも十分満足できる時間になります。

会津屋にも足を運び、大正時代の竈で薪と地下水を使って炊き上げる山菜おこわを味わいながら、関の小万の物語に思いを馳せる時間も、関宿ならではの過ごし方のひとつです。

関宿は住民が暮らしを続けながら町並みを維持している生きた宿場町

関宿の町並みが今日まで残っている背景には、行政による制度的な保護だけでなく、実際にそこで暮らし続けている住民の存在があります。重伝建に指定されると、建物の外観を大きく変更する修繕は制限され、たとえば老朽化した外壁を現代的なサイディング材に張り替えるといった改変は原則として認められません。定められたルールの範囲内で伝統的な工法や材料を用いて修復する必要があり、住民にとっての維持管理の手間や費用の負担は小さくないのが実情です。

関宿が目指しているのは、建物を博物館のように保存するだけでなく、実際の生活がその中で続いていくことです。地元では「生活をしながらの保存」という考え方が大切にされていて、住民が日々の暮らしを送りながら町家を維持していくところに、この町並みの価値が置かれています。少子高齢化や地域経済の変化にともなう空き家の増加や、若い世代が都市部へ流出したまま戻ってこないことへの懸念もあり、30代から50代の働き盛りの世代がこの町に戻ってくるかどうか、子どもたちが地元に愛着を持ち続けられるかどうかが、今後の町並み保存を左右する鍵だといわれています。

ポタリングで訪れる私たちが心得ておきたいのは、町家の軒先で洗濯物が干されていたり、庭先に季節の花が植えられていたりする光景こそが、関宿の日常だという点です。写真映えする町並みを消費するだけでなく、そこに暮らす人々の生活に敬意を払いながら静かに走り抜けたい町です。歴史好きにもサイクリング好きにも、双方の視点から満足できる目的地として、関宿は三重県を代表する観光スポットのひとつであり続けています。

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