飛騨・ぶり街道をポタリングで巡る 越中の古道散策完全ガイド

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飛騨・ぶり街道のポタリングは、越中(現・富山県)と飛騨(現・岐阜県)を結ぶ江戸時代の交易路を自転車でのんびりと辿る古道散策の旅です。富山湾で水揚げされたブリを塩漬けにして飛騨高山まで運んだ全長約90キロメートルの歴史街道は、神通峡の絶景と峠を越える険しい地形、そして越中と飛騨の食文化を一本の道でつないでいます。本記事では、ぶり街道の歴史的な背景から、神通峡や猪谷、神岡、飛騨高山といった古道散策の見どころ、ポタリングを楽しむための季節やアクセス、輪行のコツまで、越中と飛騨を結ぶこの街道の魅力を余すところなくお伝えします。観光地を効率よく巡るのではなく、道沿いの風景や地域の歴史にゆっくり触れながら走るポタリングというスタイルにこそ、ぶり街道はうってつけの舞台です。

目次

ぶり街道とは何か 越中と飛騨を結ぶ古道の正体

ぶり街道とは、越中国(現・富山県)の富山と飛騨国(現・岐阜県)の高山を結ぶ飛騨街道の別名です。正式には「越中街道」や「飛越街道」とも呼ばれますが、江戸時代に富山湾で水揚げされたブリがこの道を通って飛騨や信州へ運ばれたことから、「ぶり街道」という愛称が定着しました。

富山湾は日本でも有数のブリの漁場であり、特に12月の冬の最盛期に水揚げされる寒ブリは脂がのって非常に高い価値を持っていました。しかし冷蔵技術のなかった江戸時代には、鮮魚のまま山中を運ぶことはできません。そこで塩漬けにした塩ブリにして、雪深い北アルプスの峠を越えて輸送したのです。

この越中ぶりは富山から飛騨高山に届くと「越中ぶり」と呼ばれ、さらに高山で塩を加えて信州へ運ばれたものは「飛騨ぶり」と呼ばれました。富山での浜値は米1斗にブリ1本という交換比率でしたが、信州・松本まで運ばれると米1俵にブリ1本という相場になったといわれ、いかに輸送の苦労と価値が高かったかがわかります。

江戸時代から続く信仰と文化の結び目

江戸時代初期にはすでにこの交易が盛んに行われており、寛文5年(1665年)には越中の肴屋衆から飛騨高山の日枝神社へブリが奉納されていたことを示す絵馬が現存しています。これはぶり街道が単なる物資輸送路ではなく、信仰と文化の結び目でもあったことを示しています。

飛騨の地では、塩ブリは年越しに欠かせない縁起物として珍重され、正月料理に欠かせない食材とされてきました。現代の飛騨高山でも、岐阜県高山市公設地方卸売市場では江戸時代からの伝統を引き継ぎ、毎年12月24日に「塩ぶり市」が年の瀬の恒例行事として開催されています。

ぶり街道のルートと地理 越中から飛騨への90キロ

ぶり街道は、富山から南下して神通川(じんずうがわ)に沿って進み、飛騨高山を目指すルートです。全長は約90キロメートルにおよび、牛馬を使っても3日程度の行程だったといわれています。

ルートは大きく二つに分かれていました。神通川の右岸(東側)を行く「東街道」と、左岸(西側)を行く「西街道」です。東街道は加賀藩の関所である東猪谷関所(ひがしいのたにせきしょ)を通り、西街道は富山藩の関所である西猪谷関所(にしいのたにせきしょ)を通る本道となっていました。

他藩との境界となる猪谷(いのたに)の関所は、江戸時代の交通・流通を管理する重要な拠点でした。西猪谷の番所は明治時代に廃止されましたが、その歴史的な記録や甲冑、道具類、関所の大型模型などが今も展示されており、訪れた人がぶり街道の往時の姿を感じ取ることができます。

現代の国道41号線がたどる旧街道のルート

現代の国道41号線は、ほぼこの旧ぶり街道のルートに沿って整備されており、富山から飛騨高山、そして美濃加茂まで全長約200キロメートルの幹線道路となっています。沿線には越中・飛騨の豊かな自然と歴史が凝縮されており、バイクや自転車によるツーリング・ポタリングの人気ルートとなっています。

下記の表は、ぶり街道ポタリングの主な経由地と特徴をまとめたものです。

経由地所属主な見どころ
富山(富山市)越中起点・北陸新幹線駅
神通峡越中渓谷美・国道41号沿い
猪谷(富山市)越中・飛騨の国境旧関所・宿場の面影
神岡(飛騨市神岡町)飛騨昭和レトロ・神岡城
朝日(飛騨市)飛騨ぶり街道祭り会場
飛騨高山(高山市)飛騨終着点・古い町並み

神通峡の絶景 ポタリング最大のハイライト

神通峡(じんずうきょう)は、富山市の南部に広がり、神通川が切り開いた全長20キロメートル弱の渓谷です。富山県定公園に指定されている屈指の景勝地で、約15キロメートルにわたって続く峡谷美は、春の新緑、夏の深緑、秋の紅葉、冬の雪化粧と、四季折々に豊かな表情を見せます。

ぶり街道のポタリングにおいて、この神通峡は最大のハイライトのひとつです。国道41号線はこの峡谷に沿って走っており、自転車の視点から深い谷底を流れる神通川とそそり立つ岸壁の景観を間近に感じながら走ることができます。

庵谷峠展望台と片路峡のV字谷

神通峡には、ポタリングや古道散策でぜひ立ち寄りたいスポットが複数あります。まず、庵谷峠(いおりやとうげ)展望台は、神通峡最大の見どころである片路峡(かたじきょう)のV字谷を一望できる絶景ポイントです。道の駅「細入(ほそいり)」から国道41号の脇道に入って片掛集落を進んだ先にあり、神通峡全体を見渡す雄大なパノラマが広がります。

旧笹津橋(きゅうささづばし)は国の登録有形文化財に指定されたアーチ形の古い橋で、現役を退いた後も保存・整備されており、古道の面影を伝える貴重な建造物です。橋の上から見下ろす神通川の流れと峡谷の景観は、現代の建造物では得られない独特の風情があります。

さらに、国の天然記念物である猪谷の背斜・向斜は、猪谷付近で観察できる地層の褶曲(しゅうきょく)構造です。太古の地殻変動によって岩盤が大きく波打った様子が、川沿いの岸壁に刻み込まれており、まるで大地の歴史書を読むような体験ができます。自転車を降りて間近に眺める価値がある、見逃せない自然の遺産です。

紅葉の名所・路峡区間

寺津橋から吉野橋にかけての路峡(じきょう)区間は、壮大なV字型の渓谷地形と秋の紅葉が織りなす美しさで知られ、神通峡随一の紅葉スポットとして多くの訪問者を集めます。10月下旬から11月上旬にかけてが見頃とされており、この時期のぶり街道ポタリングは例年特に人気が高くなります。

峡谷沿いには旧道の面影を残す細い道も残っており、メインの国道から外れて旧道に迷い込むと、かつての街道歩きの雰囲気をより色濃く感じることができます。ポタリングでこそ立ち寄れる小さな橋や水辺の風景は、車では素通りしてしまうようなひとときの発見をもたらしてくれます。

猪谷 越中と飛騨の国境に息づく宿場町

猪谷は、神通峡の最南端に近く、越中と飛騨の国境にあたる宿場町として、かつてぶり街道の要衝を担っていた場所です。今は富山市猪谷として静かな集落となっていますが、かつての関所と宿場の名残を伝える雰囲気が随所に感じられます。

猪谷はJR高山本線の駅でもあり、自転車旅のベースとして列車輪行を利用する旅人にとっても便利な中継地点です。峡谷の険しさがここから一段と増す地点でもあり、ポタリングでぶり街道を辿る際には、この猪谷で一息ついて補給と休憩を取ることをおすすめします。

秋の紅葉シーズンには、猪谷周辺の山々が赤や黄に染まり、その色彩と峡谷の岩肌、神通川の清流が織りなす景観は格別です。江戸時代のブリ運搬人たちも、同じ景色を目にしながら険しい峠に向かっていったのだろうと想像すると、古道散策の奥深さが胸に迫ります。

神岡 鉱山と文化が育んだ昭和レトロの街

猪谷からさらに南へ進むと、かつて東洋一の鉱山都市として繁栄した神岡(現・飛騨市神岡町)に入ります。神岡は銀をはじめとする鉱物資源の産地として栄え、ぶり街道においては物資の中継地点としても重要な役割を果たしました。

現代の神岡は、鉱山産業の衰退とともに人口が減少しましたが、その分、昭和のレトロな街並みが手つかずのまま残されました。古い商店街の佇まい、錆びた看板、石積みの路地。まるでタイムスリップしたような風景は、今や希少な昭和の空間として注目されており、カメラを手にした旅人が多く訪れるようになっています。

神岡城と高原川の風景

神岡城は天文年間に江馬氏によって築かれた山城で、高原川を見下ろす高台に再建された模擬天守が立っています。城下には江馬氏館跡公園があり、戦国時代の館の遺構を今に伝えています。赤い藤波橋と背後の山城、渓谷を流れる高原川が一体となった風景は、神岡を代表する絶好の撮影スポットです。

ノーベル街道とカミオカラボ

神岡には「ひだ宇宙科学館 カミオカラボ」があります。これは廃坑になった神岡鉱山の地下に設置されたニュートリノ観測装置「スーパーカミオカンデ」や「カミオカンデ」にゆかりの施設で、2002年にノーベル物理学賞を受賞した小柴昌俊氏の業績に関連する展示が行われています。この関係から神岡は「ノーベル街道」とも呼ばれており、ぶり街道とノーベル街道という二つの文化的遺産を持つユニークな土地となっています。

神岡の街歩きガイドは平成21年(2009年)に発足し、地元のガイドが街の歴史や見どころを案内してくれます。ポタリングの合間に神岡の街をゆっくり歩いてみると、鉱山の歴史と街道の文化が交差するこの町の奥深さをより深く体感できるでしょう。自転車を一時停めて、徒歩で路地を巡るのがポタリングの醍醐味のひとつでもあります。

ぶり街道を自転車で走るポタリングの基本

ポタリングとは、目的地を急がず、道中の風景や出会いを楽しみながらのんびり自転車を走らせる旅のスタイルです。ぶり街道のポタリングには、この旅のスタイルがよく合います。

おすすめのルート設定

ぶり街道のポタリング・ルートとして人気があるのは、富山市街を出発点として国道41号線を南へ走り、神通峡を抜けて猪谷、さらに神岡、そして飛騨高山へと向かうコースです。全長約90キロメートルのルートは、一日でガンガン走れば踏破できる距離ですが、ポタリングらしく2日から3日に分けてのんびり楽しむのがおすすめです。

交通とアクセス

富山へは北陸新幹線で東京から約2時間、大阪・名古屋からも特急や在来線でアクセスできます。また、高山本線(JR)が富山〜猪谷〜神岡(旧神岡鉄道)のルートに沿っており、輪行(自転車を袋に入れて列車に乗せる)を組み合わせた旅も便利です。疲れたときや悪天候の際に列車に乗り換えられるのは、長距離ポタリングの強い味方となります。

道路状況とルートの選び方

国道41号線はバイクツーリングでも人気の幹線道路ですが、峡谷区間では路肩が狭くなる箇所もあります。交通量の多い時間帯には注意が必要です。一方、神通川沿いには旧道や農道が残っており、メインルートを外れて地図とコンパスで旧道を探しながら走るのもポタリングの楽しさのひとつです。実際、国道から外れた旧道には石碑や道標、古い集落の面影が残っており、街道の歴史をより身近に感じることができます。

ベストシーズンと天候

ぶり街道ポタリングのベストシーズンは、4月から6月の新緑の時期と、9月から11月の紅葉シーズンです。特に秋の神通峡の紅葉は絶品で、北アルプスの山々を背景にした錦秋の景色はポタリングの疲れを忘れさせてくれます。冬季(12月から3月)は積雪と凍結があり自転車での走行は難しいですが、この時期はぶり街道の本来の主役である塩ブリが各地の市場に出回る季節でもあります。

補給と宿泊のポイント

沿線には道の駅や温泉が点在しており、ポタリングの休憩と補給に活用できます。道の駅「ひだ朝日村」は、ぶり街道祭りの会場にもなる道の駅で、地元産の農産物や飛騨の特産品が揃っています。宿泊については、神岡や飛騨古川、高山に宿が多く、各地に温泉施設もあります。一日ポタリングで汗をかいた後、温泉でゆっくり体を休めるのがこのルートの楽しみ方です。

飛騨あさひのぶり街道祭り 冬の山里に海の幸が集う

毎年12月の初旬に、飛騨市朝日地区(飛騨あさひ)では「ぶり街道祭り」が開催されます。このイベントは、江戸時代から続くぶり街道の歴史と文化を現代に伝えるイベントとして地域に定着しており、海鮮市場や汐ぶりの解体ショー、海鮮鍋の振る舞いなど、内陸の山間地でありながら海の幸を楽しめる祭りとして人気を集めています。

かつてのぶり街道では、富山湾で水揚げされたブリが塩漬けにされ、険しい峠を越えて飛騨へ運ばれていました。その道のりは片道3日を要し、関所を越えながら雪と氷の山道を往来するまさに命がけの仕事でした。それでも山間の人々がブリを待ちわびていたのは、年越しの食卓にブリが並ぶことへの喜びと信仰にも似た期待があったからです。

現代の「ぶり街道祭り」は、そうした先人たちの苦労と文化を偲びながら、地域の活性化と観光振興を図るイベントとして毎年多くの来場者を集めています。旬のブリを使った料理や地元食材のグルメを楽しみながら、越中と飛騨を結んだ古道の歴史を学べる貴重な機会です。

飛騨高山 ぶり街道の終着点と古い町並み

ぶり街道の終着点である飛騨高山は、江戸時代に天領(幕府直轄地)として栄えた城下町です。よく保存された古い町並みが今も残り、三町(さんまち)と呼ばれる旧商家町は国の重要伝統的建造物群保存地区に選定されています。白壁と格子戸が並ぶ街並みを歩けば、江戸時代にブリ商人たちが往来した頃の面影が確かに感じられます。

高山では毎年12月24日に「塩ぶり市」が高山市公設地方卸売市場で開催され、ブリを求める市民で賑わいます。これはまさにぶり街道の歴史が現代まで生き続けているその象徴です。高山のスーパーや市場では今もこの時期に塩ブリが並び、年越しの食卓には欠かせない縁起物として地域の人々に親しまれています。

三町と造り酒屋の風情

宮川の東側に南北に連なる三本の通り(上三之町・上二之町・上一之町)は「三町」と呼ばれ、国の重要伝統的建造物群保存地区に選定されています。格子窓と出格子が連なる江戸時代の商家の意匠、軒下を流れる清らかな用水、そして軒先に吊り下げられた丸い酒ばやし(杉玉)が印象的な造り酒屋の佇まいは、高山が飛騨の中心地として栄えた時代の記憶を今に伝えています。この酒ばやしは、新酒ができたことを知らせる江戸時代からの風習で、春先に緑色の杉玉が掛けられ、熟成とともに茶色く変化していく様子も見どころのひとつです。

高山の朝市と食べ歩き

高山では毎日朝市が開かれており、陣屋前朝市と宮川朝市の二カ所が有名です。宮川朝市は千葉の勝浦朝市、石川の輪島朝市と並ぶ日本三大朝市のひとつに数えられており、地元農家が丹精込めて育てた野菜や漬物、山菜、地元特産品が所狭しと並べられます。

飛騨牛の串焼き、みたらし団子(高山では醤油味が主流)、朴葉(ほうば)みそを使った郷土料理、高山ラーメンなど、街歩きしながら楽しめるグルメも豊富です。ポタリングで体を動かした後の食べ歩きは格別で、地元の食文化を体で感じながら古い街並みを歩く喜びは、旅の疲れをたちまち消し去ってくれます。

飛騨の里と古民家集落

高山の奥には飛騨の里(飛騨民俗村)があり、合掌造りをはじめとした飛騨地方の伝統的な古民家を移築・保存した野外博物館として多くの訪問者を受け入れています。ここでは、ぶり街道で物資を運んでいた人々が実際に暮らしていた建物と生活を、より具体的に感じることができます。

越中・飛騨の古道散策 歩いて感じる街道の息吹

ぶり街道は自転車だけでなく、徒歩による古道散策でも楽しめます。特に旧道が残る区間や、メインルートから外れた山道に足を踏み入れると、ポタリングでは体感できない深い森の静寂と、古道特有の空気感に包まれます。

富山から猪谷にかけての神通峡沿いには、今も旧道が一部残っており、石積みの護岸や古い橋、街道脇の石碑などが散策者の目を引きます。地元の郷土史家やボランティアガイドが企画するウォーキングイベントでは、こうした旧道の遺構を巡りながらぶり街道の歴史を学ぶ機会が設けられることもあります。

神岡の街歩きも古道散策の一形態として楽しめます。鉱山で栄えた昭和の街並みを歩きながら、この地がぶり街道沿いの宿場・中継地として機能していた江戸時代の歴史に思いを馳せるのは、歩く旅ならではの体験です。

また、高山本線(JR)沿線には廃線跡や旧トンネルも残っており、鉄道が開通する以前の街道文化を今に伝える遺産として保存活動が進んでいる地域もあります。自転車と徒歩を組み合わせながら、江戸時代のぶり運搬ルートをできる限り忠実にたどる旅は、まさに現代のタイムトラベルと呼ぶべき体験です。

越中・富山の食文化とブリの深い関係

ぶり街道を語るうえで、越中(富山)の食文化におけるブリの位置づけを知っておくことは欠かせません。富山湾は「天然のいけす」とも呼ばれ、深い湾の地形と豊かな栄養分が、多種多様な海の幸を育んでいます。なかでもブリは代表的な魚であり、冬に富山湾へ南下してくる寒ブリは脂がのって格別の味わいを持ちます。

富山はまた、北前船(きたまえぶね)の寄港地としても栄えた歴史を持ちます。江戸時代から明治時代にかけ、日本海を行き来した北前船は、北海道(蝦夷地)の昆布やニシンを積んで富山に寄港し、越中からは米やワラ製品などを積み込んで各地へと運びました。この北前船の往来によって富山には昆布文化が深く根付き、昆布締めや昆布巻きなど、昆布を使った独自の料理文化が生まれました。

富山市の1世帯当たりの昆布年間支出金額は49年連続で全国1位(全国平均の約3倍)というデータが示すように、富山の食文化と昆布の関係は非常に深いものです。ぶり街道によってブリが飛騨に運ばれた歴史と、北前船によって昆布が富山にもたらされた歴史は、共に海と山をつなぐ交易の道が生み出した食文化の豊かさを物語っています。

現代の富山では、地元のスーパーや市場でも新鮮なブリが手に入りやすく、ブリを使った刺身や照り焼き、昆布締めなど多彩な料理が地元の食卓を彩っています。ポタリングの途中、富山市街や猪谷周辺の道の駅や食堂で地元のブリ料理を味わうのも、ぶり街道の旅を一層深みのあるものにしてくれるでしょう。

輪行と列車で楽しむぶり街道ポタリング

ポタリングの大きな魅力のひとつが、列車と自転車を組み合わせる輪行という旅スタイルです。ぶり街道沿いにはJR高山本線が走っており、富山から猪谷までの区間は列車でアクセスできます。猪谷から先(猪谷〜高山間)は本数が少なくなりますが、区間ごとに列車を使いながら自転車旅を楽しむことができます。

輪行では、自転車を専用の袋(輪行袋)に収納して列車に持ち込みます。事前に輪行袋と必要な工具を準備しておけば、悪天候や疲労のときに気軽に列車に乗り換えられるため、初心者でも安心してポタリングを楽しめます。

富山から列車で猪谷まで移動し、そこから自転車で神岡・朝日・高山をポタリングするプランは、特におすすめです。神通峡の険しい区間は列車で通過し、神岡〜高山間の比較的走りやすい区間を自転車で楽しむという組み合わせもあります。逆に、高山を出発点として自転車で北上し、富山で列車に乗って帰るという旅の形も可能です。高山〜富山間は基本的に下り基調になるため、体力に自信のない方はこちらのルートが走りやすいでしょう。

旅の最後は富山駅から北陸新幹線で帰路につきます。越中・飛騨の大自然と歴史的な古道をポタリングで体感した充実感とともに、車窓から見る日本アルプスの残照が旅の余韻を彩るでしょう。

飛騨里山サイクリングと組み合わせる二日目の旅

飛騨高山を拠点にしたもうひとつのポタリングの選択肢として、「飛騨里山サイクリング」があります。これは飛騨古川の古い町並みを抜け、のどかな農村集落を巡る全長約22キロメートルのガイドツアーです。ぶり街道のポタリングとは異なり、峡谷の険しい景観ではなく、広大な田んぼと古民家が点在する里山の風景を楽しむコースとなっています。

ガイドと一緒に走るので、地元の農家や集落に立ち寄る機会もあり、飛騨の食文化や暮らしをより深く体験できます。ぶり街道ポタリングで高山に到着した後、翌日に飛騨里山サイクリングを組み合わせると、峡谷の古道と里山の農村という、対照的な飛騨の二つの顔を体験できる充実した旅となるでしょう。

ぶり街道ポタリング・古道散策のよくある疑問

ぶり街道のポタリングを計画するうえで、多くの旅人が知りたい疑問について整理しておきます。所要日数の目安は、ポタリングのスタイルでじっくり走るなら2日から3日が標準的です。一日でガンガン走り抜ければ踏破できる距離ですが、神通峡の旧道や神岡の昭和レトロな路地、飛騨高山の古い町並みをゆっくり味わうことを考えれば、複数日に分けた行程が最も満足度の高い旅となります。

体力面での不安については、輪行を活用することで難所を回避できます。神通峡の険しい区間は列車で通過し、走りやすい区間だけを自転車で楽しむというハイブリッドな旅が可能です。レンタサイクルは富山市内・飛騨高山市内に複数の事業者があり、自分の自転車を持っていなくても気軽にポタリングを始められます。

季節の選び方については、新緑の4月から6月、紅葉の9月から11月が二大ベストシーズンです。冬季は積雪と凍結により自転車での走行は難しくなりますが、12月初旬のぶり街道祭りや12月24日の塩ぶり市など、街道文化を学ぶ目的での訪問には冬の旅も魅力的です。

旅のまとめ 越中から飛騨へ古道を辿る豊かな時間

飛騨・ぶり街道のポタリングと古道散策は、豊富な歴史的背景と四季折々の自然景観、そして地域の食文化が凝縮された、日本の旅の醍醐味を余すところなく体験できるルートです。

走り方のスタイルは人それぞれでよいでしょう。富山を早朝に出発して一日でぐっと距離を稼ぐ日もあれば、神通峡沿いの旧道に迷い込んで一日中ゆっくり走る日もあります。神岡の昭和レトロな路地を歩き回るだけで半日を使ってしまうこともあるかもしれません。それがポタリングの本当の楽しさです。

ぶり街道を旅すれば、江戸時代に険しい峠を越えてブリを運んだ人々の苦労と、その先で塩ブリを待ちわびた飛騨の人々の思いが、風景の中に自然と浮かび上がってきます。越中(富山)と飛騨を結ぶこの古道は、食と文化と自然が一本の道でつながった、日本が誇る豊かな街道文化の結晶です。

自転車のペダルを踏みながら、あるいは旧道の石畳に足音を刻みながら、かつての行商人たちと同じ道を歩く。それは、歴史書を読むのとはまったく異なる、体と感覚で感じる生きた歴史体験です。ぶり街道が現代の旅人を引きつけてやまない理由は、きっとそこにあります。一度、季節を選んでぶり街道のポタリングに出かけてみてください。越中の峡谷から飛騨の古都まで、自転車と足で辿る古道の旅が、あなたを待っています。

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