坂の多い城下町を自転車で巡る観光は、長崎県平戸市が国内でも屈指の適地です。港から平戸城や高台の教会へと続く石畳の坂道を、電動アシスト自転車でゆっくり上り下りすると、和風の寺院と洋風の教会が同じ視界に収まる独特の景観に出会えます。日本で最初に西洋との貿易が始まった土地ならではの重なりで、坂を一つ上るごとに歴史の層が見えてくる街です。この記事では、平戸の城下町ポタリングと坂道散策の見どころ、ルート、アクセス、グルメ、訪れる時期の目安までをまとめます。

平戸城下町の坂道ポタリングは寺院と教会が重なる眺めが核心
平戸観光で欠かせない景観が、日本の寺院とキリスト教会が重なって見える眺めです。平戸港交流広場の付近から海岸沿いの道を進み、続く石畳の坂道を上っていくと、光明寺や瑞雲寺といった寺院と、高台に建つ平戸ザビエル記念教会が同じ画角に入ってくる地点にたどり着きます。和風建築と洋風建築が並ぶこの光景は、平戸が経てきた文化の重なりをそのまま表しています。
この坂は緩やかではありません。石畳特有の踏みしめる感触を足裏に感じながら、じわじわと標高を上げていく体感があります。自転車を押し歩きながら上る人もいれば、時間をかけて徒歩で上る人もいて、どちらの上り方でも到達したときの眺めの価値は変わりません。
平戸ザビエル記念教会は、大天使聖ミカエルを守護聖人とするカトリック教会です。1913年に「カトリック平戸教会」として別の場所に建てられ、1931年に現在の高台の敷地へ移りました。1971年には、宣教師フランシスコ・ザビエルが平戸を3度訪れたことを記念する像が教会の脇に建てられ、現在の呼び名が定着しました。白い教会建築が緑の中に立つ姿は、平戸の街を象徴する一枚になっています。
フランシスコ・ザビエルが最初に平戸を訪れたのは1550年です。九州各地を回りながら布教の場を探していたザビエルは平戸に上陸し、この地を拠点の一つとして布教活動を始めました。当時の領主から布教の許しを得て、家臣や領民の一部が信仰を受け入れたと伝わっていて、後の教会や記念碑にその記憶がつながっています。
教会からさらに歩を進めると、崎方公園に行き着きます。園内には、ザビエル来訪400周年を記念して建てられた記念碑があり、そこから少し離れた場所には、日本に漂着したイギリス人航海士・三浦按針(ウィリアム・アダムス)の墓もあります。大航海時代の異文化交流の痕跡が、この一角にまとまって残っているわけです。
松浦氏約650年の歴史が平戸城と城下町に刻まれている
平戸城下町の骨格を作ったのは、中世から幕末までこの地を治め続けた松浦氏です。松浦氏は松浦党と呼ばれる海賊衆にルーツを持つ武家一族で、約650年にわたって平戸を治めました。戦国末期、松浦鎮信は豊臣秀吉の九州平定に加わり、松浦郡と壱岐一国の所領を安堵されています。
慶長4年(1599年)、鎮信は日之嶽の地に最初の平戸城の築城を始めましたが、完成間近だった慶長12年、自ら城に火を放って焼いてしまったと伝わっています。この後、百年余りにわたって平戸に城が築かれることはありませんでした。事態が動いたのは元禄15年(1702年)で、29代鎮信が幕府に築城を願い出て特別に許可されました。宝永元年(1704年)に30代棟の代で着工し、享保3年(1718年)、31代篤信の代に完成しています。
山鹿流の築城法で建てられたこの城は、別名を亀岡城といいます。平戸瀬戸に突き出した平山城の姿は、港のどこからでも見上げることができ、現在の天守は1962年に再建された模擬天守です。内部は松浦藩に関する資料館として整備されていて、日本100名城の一つにも数えられています。2021年4月には大規模な改修が行われ、デジタル映像を使った展示に一新されました。展示をひと通り見て天守まで上ると、見学時間はおよそ60分から90分が目安です。天守から見下ろす平戸瀬戸の眺めは、坂道ポタリングの締めくくりにふさわしい景色です。
武家の歴史だけでなく、平戸は日本で最初の西洋貿易港としての顔も持っています。1609年にオランダ船が入港し、平戸オランダ商館が開設されると、日蘭交流が最も盛んな時代を迎えました。1641年に商館が長崎の出島へ移転するまでの約33年間、平戸は日本で唯一のオランダ貿易港として賑わい続けました。武家の統治と南蛮貿易という二つの歴史が同じ狭い城下町に凝縮されているからこそ、平戸の坂道歩きは単なる観光にとどまらず、日本史の重なりを体で感じる時間になります。
平戸オランダ商館は日本最初の西洋貿易港の記憶を今に伝える
平戸港には、日本初の西洋式石造建造物とされる「1639年築造倉庫」が建てられていました。この建物は平成23年(2011年)に忠実に復元され、現在は「平戸オランダ商館」として、当時の貿易に関する史料や貿易品を展示する施設になっています。建物内部は1639年当時の建築様式にならって復元されていて、樹齢700年の木材から切り出した太い柱が1階と2階に合わせて21本使われ、屋根と天井を支えています。外観は洋風建築ですが、柱の組み方など内部の構造には日本の建築技術も使われていて、和と洋が同居した造りになっています。館内では、当時のオランダ船を描いた絵や大砲、南蛮甲冑、朱印状の複製といった資料が時代別に展示されていて、館内を歩くと、長崎の出島に貿易拠点が移る前、平戸が日本で唯一の西洋貿易港だった33年間の空気を感じ取れます。
商館跡の裏手に登る坂道には、約30メートルにわたって石塀が続いていて、「オランダ塀」と呼ばれています。異国情緒を伝える景観の一つで、坂道の途中で立ち止まって眺めたい場所です。
商館から城下町の裏路地へ抜けるルートも、平戸散策の定番になっています。商館前の道をUターンし、一本裏手の道を平戸港交流広場の方向へ歩いていくと、町家が並ぶ城下町らしい街並みに出会います。この通り沿いには、藩主・松浦氏の発祥の地とされる松浦史料博物館、長崎県指定史跡の六角井戸、平戸を代表する巨木として知られる大ソテツなど、歴史的な見どころが集まっています。
松浦史料博物館までの裏路地散策で城下町の暮らしに触れる
松浦史料博物館は、旧藩主松浦家の邸宅「鶴ヶ峰」を前身とする史料館です。桃山様式を思わせる石垣の上に長い白塀を巡らせた外観が特徴で、館内には鎌倉時代以降の武具や調度品、狩野探幽の屏風絵をはじめとする書画・美術品、南蛮貿易に関する文化財が展示されています。見学の所要時間はおよそ30分です。
敷地内には、元禄時代に始まった茶道・鎮信流の稽古道場である茶室「閑雲亭」もあります。庭園越しに海を眺めながら抹茶をいただける、平戸らしい静かな時間が過ごせる場所です。
鎮信流は、平戸藩主だった松浦鎮信が片桐石州に師事して石州流を学び、遠州流や有楽流など複数の流儀のよいところを取り入れて打ち立てた武家茶道です。武道を風流の中に取り込み、心を茶の作法の中で養うことを重んじた流派で、主に武家の間で受け継がれてきました。坂道を歩き通した後に閑雲亭で一服いただくと、松浦氏が築いた武家文化の一端に触れられます。
博物館から徒歩3分ほどの場所には、平戸漁協が営む「旬鮮館」があります。平戸近海で水揚げされた新鮮な魚介類を手頃な価格で購入したり、その場で味わったりできる施設です。散策で疲れた足には、無料で利用できる平戸温泉の「うで湯・あし湯」も用意されていて、坂道を歩き通した後の小休止にちょうどいい場所になっています。
平戸城下町の散策コースは、見どころを線でつなぐだけでなく、坂の上り下りそのものが歴史的な文脈と結びついている点に特徴があります。徒歩でもポタリングでも、坂を上りきった先に必ず景観や史跡が待っている構成になっているわけです。
川内峠への激坂ヒルクライムが平戸サイクリングコースの核心になる
平戸を自転車で巡る代表的なルートが「平戸サイクリングコース」です。九州で最初の西洋貿易港として栄えた歴史を感じながら、島の景観を楽しめる約20キロメートルのコースで、平戸市街地付近を起終点とします。城下町の情緒が残る平戸市街地を出発し、草原の先に絶景が広がる川内峠へ向かうルートで、距離自体は20キロメートル程度とさほど長くありませんが、アップダウンが非常に激しく、特に川内峠付近では長い上り坂が続きます。プロの自転車選手がトレーニングに訪れるほどの本格的なヒルクライムコースで、軽いポタリング気分で挑むと、想像以上に脚力を要求される区間です。
最大の目的地となる川内峠は、標高約200メートルの高原に約30ヘクタールの広大な草原が広がる場所です。周囲に高い山がなく、丘陵地帯のようになだらかな地形が続くため、頂上に立つと視界を遮るものがないパノラマが広がります。東には九十九島や西九州の連山、北には松浦潟や玄界灘の先に壱岐・対馬、西には東シナ海や五島列島まで見渡せる、九州本土でも屈指の眺望スポットです。
季節ごとの表情も豊かで、春には平戸つつじが咲き、夏には青々とした草原が広がり、秋にはススキが一面を覆います。毎年2月上旬には野焼きが行われ、広大な草原に炎が一気に広がる光景が見られます。港沿いの穏やかな道から一転して長い上り坂に切り替わり、息を切らして登りきった先に大パノラマが待っている構成こそ、平戸サイクリングの核心といえます。
川内峠へ向かう道は舗装が整っていて交通量も少なく、坂の勾配そのものに集中して走れる点も評価されています。景色を楽しむ余裕と、脚力を試される厳しさが同居しているコースだといえます。
レンタサイクルは電動アシストタイプが平戸の坂道に向いている
坂道の多い平戸では、通常のシティサイクルよりも電動アシスト付きの自転車を選ぶ方が現実的です。城下町のなだらかな路地はともかく、川内峠方面や高台の教会へ向かう坂道は、電動アシストなしでは体力的にかなりの負担になります。半日程度の観光であれば、城下町中心部だけをゆっくり巡るポタリングでも十分な満足感が得られますし、体力と時間に余裕があれば、川内峠までの往復ヒルクライムに挑戦する選び方もあります。
借りる窓口は、平戸市観光交通ターミナル内にある平戸市観光案内所が定番です。電動アシスト自転車を貸し出していて、ノーマルタイプが2時間500円から、スポーツタイプが2時間1000円からという料金体系のほか、電動アシスト自転車を4時間500円、1日1000円で貸し出しているという案内もあります。時期や車種によって料金設定が異なる可能性があるため、利用前に観光案内所へ最新情報を確認しておくと安心です。台数は10台程度で、事前の電話予約も可能です。雨天時や降水確率が高い日は貸し出しを行っていない場合があるため、天候によっては予定の変更も考えておきたいところです。
平戸へのアクセスはバスと平戸大橋経由の車が中心になる
平戸市街地への移動は、車なら平戸大橋を渡るルート、公共交通機関ならバスの利用が中心になります。平戸市は九州本土の西端に位置し、平戸島と本土を平戸大橋がつないでいます。平戸大橋は1977年に開通した全長約665メートルのトラス吊橋で、幅は約10.7メートル、海面からの高さは約30メートルあります。この橋を渡ると、目の前に城下町の風景が広がります。
車で向かう場合は、西九州自動車道の終点である佐々インターチェンジから、県道227号や国道204号を経由して平戸大橋方面へ進むルートが一般的です。
鉄道を利用する場合、松浦鉄道(MR)が佐世保方面から有田方面まで結んでいますが、路線は平戸島の手前にある「たびら平戸口駅」までしか通っていません。たびら平戸口駅は日本最西端の駅としても知られています。ここから平戸島内・平戸市街地へ向かうには、駅から徒歩10分ほどの「平戸口桟橋」バスターミナルから路線バスに乗り換える必要があります。
バスの場合は、佐世保駅前バスセンターから「平戸桟橋」行きの路線バスが出ていて、平戸市街地の中心部まで直通でアクセスできます。片道の運賃はおよそ1350円です。いずれのルートを使うにせよ、平戸市街地に到着してからは徒歩・レンタサイクルでの移動が現実的で、城下町自体がコンパクトにまとまっているため、レンタサイクルでの周遊と相性がよい街だといえます。
平戸グルメはカスドースと海鮮料理が定番になる
平戸グルメの定番は、銘菓カスドースと新鮮な海鮮料理です。坂道を上り下りした後の楽しみとして、平戸ならではの味覚が待っています。平戸は南蛮貿易の歴史を背景に、独自の菓子文化を育んできました。代表的な銘菓が「カスドース」で、外側は砂糖がまぶされてじゃりっとした食感、内側はふんわりとした生地という二層構造が特徴です。ポルトガルから伝わった南蛮菓子が起源とされ、卵と砂糖をふんだんに使う贅沢な作りだったことから、かつては松浦家の殿様だけが口にできる菓子だったと伝わっています。元祖とされる老舗「蔦屋」は文亀2年(1502年)の創業といわれ、代々にわたって同じ味を守り続けてきた店として知られています。
食事面では、平戸瀬戸をはじめとする豊かな海に囲まれた立地を活かし、新鮮な魚介類を使った海鮮料理が充実しています。刺身の盛り合わせや、平戸豚を使ったカツ丼、平戸牛・平戸和牛を使った焼肉セットなど、地元ブランドの肉料理も人気があります。日替わり定食で手軽に平戸グルメを一通り楽しめる飲食店も点在していて、ポタリングの合間に立ち寄るのに向いています。
平戸和牛は生産頭数が少なく、地元でしか出回りにくい銘柄として知られています。柔らかな肉質と甘みのある脂が特徴で、坂道ポタリングの後にご褒美として選ぶ食事にふさわしい味わいです。
先に紹介した「旬鮮館」のように、漁協直営の施設で水揚げされたばかりの魚介類を購入・飲食できるスポットもあり、坂道散策やサイクリングの休憩ポイントとしても機能しています。平戸は日本で最初に西洋との貿易が行われた土地であることから、古くから海外との交流を通じて独自の食文化を育んできた背景があり、和と洋が混ざり合った雰囲気を味わえるグルメが多い街です。
平戸観光のベストシーズンは1月中旬から4月上旬になる
平戸観光のベストシーズンとしてよく紹介されるのが、冬から春にかけての1月中旬から4月上旬です。この時期には「平戸ひらめまつり」など冬の味覚をテーマにしたイベントが開かれ、脂が乗った天然ヒラメなど新鮮な海鮮料理を味わえます。さらに3月下旬から4月上旬にかけては、平戸城や亀岡公園で約900本の桜が咲き、城と桜が織りなす風景が楽しめます。春先は気温も穏やかになり、海からの心地よい風を受けながらのポタリングに適した季節です。
桜の時期の亀岡公園は、平戸城の二の丸跡を整備した市内有数の花見スポットになります。天守と夜桜が並ぶ景色を目当てに訪れる人も多く、坂道ポタリングの締めくくりに立ち寄る価値がある時期です。
平戸観光でよく聞かれる疑問の一つに、坂道が多い城下町を自転車でどこまで走れるかというものがあります。答えとしては、城下町中心部は電動アシスト自転車があれば無理なく周遊でき、川内峠までの本格的なヒルクライムは体力と時間に余裕がある人向け、という住み分けになります。半日で城下町だけを回るか、一日かけて川内峠まで足を延ばすか、滞在時間に合わせて選べる懐の広さが平戸の魅力です。
坂道ポタリングの注意点は石畳の滑りやすさと強い風になる
川内峠のような高原地帯や、海に面した平戸大橋周辺は、季節を問わず風が強くなりやすい地形です。自転車で移動する際は、体温調整のしやすい重ね着を意識し、風を通しにくいウインドブレーカーを携行しておくと安心です。石畳の坂道はタイヤが滑りやすく、雨天後は特に注意が必要で、無理をせず押し歩きに切り替える判断も重要になります。レンタサイクル自体も、雨天や降水確率の高い日には貸し出しを見合わせる場合があるため、天候が不安定な時期に訪れる際は、事前に観光案内所へ問い合わせておくと安心です。
坂道が多い城下町という特性上、電動アシスト自転車であっても、急な坂では無理せず徒歩に切り替える柔軟さが必要です。特に石畳区間は路面に凹凸があり、スピードを出しすぎるとハンドルを取られやすいため、景観を楽しみながらゆっくり進むポタリングのスタイルが、この街には合っています。
平戸の城下町は、松浦氏約650年の武家の歴史と、日本で最初の西洋貿易港として栄えた南蛮文化の記憶が、狭いエリアの中に凝縮された街です。石畳の坂道を上れば、日本の寺院と西洋の教会が重なる「寺院と教会の見える風景」に出会い、港沿いの裏路地を歩けば、松浦氏ゆかりの史料館や江戸期の史跡に行き着きます。自転車でさらに足を延ばせば、九州でも屈指のパノラマが広がる川内峠への激坂ヒルクライムが待っています。平戸城、オランダ商館、ザビエル記念教会、松浦史料博物館、そして川内峠。これらを結ぶ坂道こそが、平戸観光の中心にある街歩きの形です。








