萩城下町ポタリングで巡る世界遺産と萩焼の魅力を徹底ガイド

当ページのリンクには広告が含まれています。

山口県萩市は、江戸時代の城下町の面影をそのまま残す歴史の町で、自転車でゆっくりと巡るポタリングが最も魅力的な観光スタイルです。2015年にユネスコ世界文化遺産に登録された「明治日本の産業革命遺産」の構成資産5つを含む歴史スポットと、400年以上の伝統を誇る萩焼の窯元を、平坦な城下町エリアで気ままに自転車で巡ることができます。日本海に面し三方を山に囲まれたこの町は、幕末から明治維新にかけて数多くの志士を輩出した場所としても知られており、充実したレンタサイクル環境のもと、誰でも気軽に萩の城下町ポタリングを楽しめます。

この記事では、萩の城下町をポタリングで巡る際のおすすめルートや世界遺産の見どころ、萩焼の歴史と魅力、レンタサイクル情報やアクセス方法まで、萩旅行を計画している方に役立つ情報を詳しくお伝えします。

目次

萩の城下町がポタリングに最適な理由とは

萩の城下町は、日本でも屈指のポタリング向きの観光地です。ポタリングとは、目的地を厳密に決めず、自転車でゆっくりと気ままに走ることを意味します。萩がポタリングに適している理由は大きく3つあります。

まず、地形がほぼ平坦であることが挙げられます。城下町エリアは起伏がほとんどなく、小さな子どもからお年寄りまで幅広い年代の方が無理なくペダルを漕ぐことができます。体力に自信がない方でも安心して自転車観光を楽しめる環境が整っています。

次に、見どころが程よい距離感で点在していることです。菊屋横丁周辺から萩城跡指月公園までは約2キロメートルほどの距離であり、自転車なら数分で移動できます。徒歩では少し遠い観光スポットも自転車なら効率よく巡れるうえ、車では入りにくい細い路地や横丁も自転車なら気軽に走ることができ、城下町の風情を存分に感じられます。

さらに、レンタサイクルの環境が充実しています。萩市内にはレンタサイクルのサービスが複数あり、JR東萩駅前をはじめ、萩城跡指月公園、萩バスセンター前など主要な拠点で自転車を借りることができます。普通自転車だけでなく電動アシスト付き自転車や子ども用自転車も用意されており、電動アシスト付き自転車は1時間400円程度から、1日2000円程度で手軽にレンタルできます。シェアサイクルのサービスも導入されており、スマートフォンから簡単に予約・利用ができる仕組みも整備されています。

気になるスポットがあればすぐに立ち止まり、写真を撮ったり散策したり、地元の味を楽しんだりと、自由気ままな旅ができるのが萩のポタリングの醍醐味です。

萩城下町ポタリングのおすすめルートと所要時間

萩のポタリングで定番となっている1日コースをご紹介します。全行程は約9キロメートルほどで、見学時間を含めると約6時間の行程です。電動アシスト付き自転車なら体力に自信がない方でも十分に楽しめるコースとなっています。

起点はJR東萩駅前のレンタサイクル営業所です。ここで自転車を借り、まずは松陰神社と松下村塾へ向かいます。東萩駅から松陰神社までは自転車で約10分ほどの距離です。松下村塾を見学した後は、東光寺へ足を延ばします。東光寺は毛利家の菩提寺として知られ、500基以上の石灯篭が並ぶ荘厳な雰囲気が印象的です。

東光寺から城下町エリアに戻り、菊屋家住宅や菊屋横丁を散策します。白壁となまこ壁が織りなす美しい町並みを自転車でゆっくりと走り抜ける時間は格別です。途中、山口県立萩美術館・浦上記念館にも立ち寄りたいところです。ここでは浮世絵や東洋陶磁のコレクションを鑑賞でき、萩焼の展示も充実しています。

城下町エリアを堪能した後は、堀内鍵曲へ向かいます。鍵曲とは、城下町の道が鍵の手(直角)に曲がっている場所のことで、外敵の侵入を防ぐための工夫です。土塀に囲まれた独特の景観は、江戸時代の城下町の姿をそのまま伝えています。

その後は萩城跡指月公園へ向かいます。萩城は慶長9年(1604年)に毛利輝元が築城した城で、現在は石垣と堀の一部が残り、公園として整備されています。春には桜の名所としても知られています。指月山のふもとに位置し、海に面した独特の立地は、かつての萩藩の本拠地としての風格を今に伝えています。

最後に菊ヶ浜へ向かいます。菊ヶ浜は萩城跡指月公園から萩湾にかけて弓なりに続く白砂青松の海岸で、指月山を背景にした美しい景観が広がります。日本の夕陽百選にも選ばれており、特に夕暮れ時の景色は格別です。ポタリングの最後にここで夕日を眺めながら一日を振り返るのも素敵な楽しみ方です。

半日コースで巡りたい場合は、城下町エリアを中心に菊屋横丁、高杉晋作誕生地、萩城跡指月公園、菊ヶ浜を巡るルートが効率的です。ポタリングの醍醐味は気ままに走ることにありますので、時間に余裕を持った計画を立てることをおすすめします。

世界遺産「明治日本の産業革命遺産」萩エリアの5つの構成資産とは

2015年7月、「明治日本の産業革命遺産 製鉄・製鋼・造船・石炭産業」がユネスコ世界文化遺産に登録されました。この遺産群は、九州・山口を中心に8県11市にまたがる23の資産で構成されています。萩エリアは、この遺産群の中で時代的に最も初期の段階を示すエリアとして位置づけられており、5つの構成資産があります。

萩反射炉の歴史と見どころ

萩反射炉は、萩藩が西洋式の鉄製大砲の鋳造を目指して、安政3年(1856年)に建設した反射炉の遺構です。反射炉とは、金属を溶かすための炉の一種で、炉の天井部分で熱を反射させることにより高温を実現する仕組みです。現在残っているのは煙突にあたる部分で、高さは約10.5メートルあります。

日本に現存する反射炉は、この萩反射炉のほか、静岡県の韮山反射炉、鹿児島県の旧集成館の3基のみであり、非常に貴重な産業遺産です。萩藩は佐賀藩の反射炉を参考にして建造を試みたとされますが、実用化には至らなかったと考えられています。しかし、西洋技術の導入を積極的に試みた萩藩の先進的な姿勢を示す遺構として、大きな歴史的意義を持っています。

恵美須ヶ鼻造船所跡が示す幕末の技術導入

恵美須ヶ鼻造船所跡は、萩藩が幕末期に西洋式帆船の建造を行った造船所の跡地です。ここでは、ロシアの技術を導入して建造された「丙辰丸(へいしんまる)」と、オランダの技術を導入して建造された「庚申丸(こうしんまる)」の2隻の西洋式帆船が建造されました。

2つの異なる国の造船技術を1つの造船所で用いた例は世界的にも珍しく、幕末の日本における西洋技術導入の様相を知る上で極めて貴重な遺構です。防波堤の石組みなどの遺構が現在も残されています。

大板山たたら製鉄遺跡と日本古来の製鉄技術

大板山たたら製鉄遺跡は、恵美須ヶ鼻造船所跡から北東方面へ約20キロメートル進んだ深い山中に位置する、江戸時代の製鉄所の遺跡です。「たたら製鉄」とは、原料の砂鉄と木炭を燃焼させて鉄をつくる日本古来の製鉄技術のことです。

この製鉄遺跡は、宝暦期(1751年から1764年のうちの8年間)、文化・文政期(1812年から1822年)、幕末期(1855年から明治初期)の3回にわたって稼働しました。特に重要なのは、恵美須ヶ鼻造船所における丙辰丸の建造にあたり、ここで製錬された鉄が船釘などの部品として使用されたことが確認されている点です。日本古来の製鉄技術が西洋式の造船技術と結びついた、近代化の過程を物語る遺跡です。周辺に炭の原料となる豊富な山林があったことが、この地に製鉄所が設けられた理由です。発掘調査により、高殿と呼ばれる製鉄炉の施設をはじめとする生産遺構が残っていることが確認されています。

松下村塾と吉田松陰が輩出した志士たち

松下村塾は、吉田松陰が主宰した私塾として広く知られています。もともとは天保13年(1842年)に松陰の叔父である玉木文之進が自宅に開いた八畳一間の私塾が始まりです。安政4年(1857年)に松陰が引き継ぎ、塾生の指導にあたりました。

松陰が塾で教えた期間はわずか2年余りにすぎませんでしたが、その短い期間に驚くべき人材を輩出しました。武士や町民など身分の隔てなく塾生を受け入れたことも、当時としては画期的でした。著名な門下生には、「識の高杉、才の久坂」と称された高杉晋作と久坂玄瑞がおり、この二人は「松下村塾の双璧」と呼ばれました。高杉晋作は奇兵隊を組織し、倒幕運動の中心的役割を果たしました。久坂玄瑞は全国の倒幕の志士の総元締めとしての役割を果たしました。そのほか、吉田稔麿、入江九一、寺島忠三郎などの志士たちもここで学んでいます。

安政5年(1858年)に松陰が野山獄に再投獄されたことにより塾は閉鎖されましたが、ここで学んだ志士たちが明治維新の原動力となり、近代日本の礎を築きました。現在、松下村塾の建物は松陰神社の境内に保存されており、無料で見学することができます。木造瓦葺きの小さな建物ですが、ここから日本の歴史を変える人材が育ったと思うと、感慨深いものがあります。

萩城下町の碁盤目状の町割と武家屋敷

萩城下町は、慶長9年(1604年)に毛利輝元が萩城を築城した際に形成された城下町です。碁盤目状に区画された町割は、江戸時代のまま現在に残されており、白壁となまこ壁や黒板塀の美しい町並みが続いています。

城下町には、菊屋横丁、江戸屋横丁、伊勢屋横丁と呼ばれる小路があります。これらの横丁には、萩藩御用達の豪商菊屋家の住宅やなまこ壁の土蔵、高杉晋作の誕生地、木戸孝允(桂小五郎)の旧宅など、歴史的に重要な建造物が数多く残されています。

このように、萩エリアの5つの世界遺産構成資産は、たたら製鉄、造船、反射炉といった産業遺産から、松下村塾のような教育施設、城下町という都市構造に至るまで、幕末から明治にかけての日本の変革期を多角的に伝えるものです。ポタリングでこれらを巡ることで、歴史の流れを体感しながら萩の町を楽しむことができます。

萩城下町の歴史的建造物と見どころを自転車で巡る

萩城下町は、国の重要伝統的建造物群保存地区に選定されており、「史跡萩城城下町」として国指定史跡にもなっています。江戸時代の古地図がそのまま現在の地図として使えるほど、当時の町割がよく保存されています。ポタリングで城下町を巡る際にぜひ立ち寄りたい見どころをご紹介します。

菊屋家住宅と菊屋横丁の白壁の町並み

菊屋家住宅は、毛利藩の御用商人として藩を支えてきた豪商の家系の住宅です。江戸初期の建築で、現存する大型町屋としては最古の部類に属し、約400年の歴史を持ちます。国指定重要文化財に指定されており、主屋、本蔵、金蔵、米蔵、釜場の5棟が公開されています。広大な庭園も見事で、四季折々の美しい姿を楽しむことができます。

菊屋横丁は、菊屋家住宅の脇を通ることから名付けられた横丁で、萩市春若町から南古萩町までの約250メートルの道です。白いなまこ壁の武家屋敷や町屋が軒を連ね、江戸時代の風景をそのまま残しています。「日本の道100選」にも選ばれた美しい通りであり、萩を代表する景観スポットです。自転車でゆっくりと走りながら、白壁の美しい町並みを堪能したいところです。

高杉晋作誕生地と木戸孝允旧宅

高杉晋作誕生地は菊屋横丁沿いにあります。高杉家は萩藩の中級武士の家柄で、晋作は天保10年(1839年)にここで生まれました。父・高杉小忠太の時代に建てられた建物が一部残されており、晋作に関する資料や写真が展示されています。奇兵隊の創設者であり倒幕の立役者として知られる高杉晋作の原点に触れることができる場所で、国指定史跡に指定されています。

木戸孝允旧宅は、「維新の三傑」の一人として知られる木戸孝允(桂小五郎)が、生まれてから江戸に出るまでの約20年間を過ごした家です。木造瓦葺きの2階建ての建物で、中には誕生の間や幼少時代の手習いの書を表装した掛け軸、写真などが展示されています。幕末の志士がどのような環境で育ったのかを垣間見ることができる貴重な場所です。

堀内鍵曲と円政寺の見どころ

堀内鍵曲(かいまがり)は、城下町特有の道の構造で、道路がT字型やL字型に直角に曲がっている箇所のことです。外敵が城下に侵入した際に見通しを悪くして防御しやすくするための工夫でした。萩城下町の堀内地区に残る鍵曲は、土塀に囲まれた独特の景観が印象的で、江戸時代の軍事的な街づくりの知恵を今に伝えています。自転車で実際に直角に曲がりながら走ると、当時の設計思想を体で感じることができます。

円政寺は松陰神社の近くにある寺院で、高杉晋作と伊藤博文が幼少期に学んだ場所として知られています。寺院でありながら境内に鳥居があるという珍しい神仏習合の形態を残している点も特徴的です。天狗の面や大きな木馬が奉納されており、幼い頃の晋作がこの天狗の面を見て胆力を鍛えたという逸話が残っています。

萩焼の魅力と歴史をポタリングで体感する

萩焼は、萩の文化を語る上で欠かすことのできない存在です。萩の町を自転車で巡っていると、あちこちに萩焼の窯元やギャラリー、体験工房を見かけます。ポタリングの途中で萩焼に触れることは、萩の旅をより深いものにしてくれます。

萩焼400年の歴史と始まり

萩焼の歴史は400年以上にさかのぼります。慶長5年(1600年)の関ヶ原の戦いに敗れた毛利輝元は、それまでの領国であった安芸の広島から長州の萩へ移封されました。このとき、朝鮮出兵(慶長の役)の際に毛利氏が連れ帰った朝鮮人陶工の李勺光(のちの山村家の祖)と李敬(のちの坂家の祖)の兄弟も萩に移り、慶長9年(1604年)に萩の松本村に藩の御用窯を開きました。これが萩焼の始まりです。

以来、萩焼は毛利藩の御用窯として発展し、藩の保護のもとで茶陶を中心に優れた作品を生み出してきました。明治維新後、藩の庇護を失った萩焼は一時衰退しましたが、その後多くの陶工たちの努力により復興し、現在に至っています。

萩焼の特徴とやわらかな風合い

萩焼の最大の特徴は、やわらかさと素朴さにあります。焼き上がった器の表面にはあたたかみのある土の質感が残され、手に取るとしっとりと馴染むような感触があります。これは、萩焼が比較的低温で焼かれるため、焼き締まりが弱く、土そのもののやわらかな風合いが残るためです。

萩焼に使われる土は、主に大道土(だいどうつち)見島土(みしまつち)の2種類で、これらを単独または混合して使用します。釉薬には、木や植物の灰を原料とした灰釉や長石釉が使われることが多く、透明感のある自然な色合いが特徴です。形や装飾は簡素で、絵付けされることは少なく、土の配合や釉薬のかけ具合、ヘラ目、登り窯での焼成による自然の作用などにより、一つ一つ異なる表情が生み出されます。

「一楽二萩三唐津」茶道で愛される萩焼の格

茶道の世界では、古くから茶碗の格付けとして「一楽二萩三唐津(いちらくにはぎさんからつ)」という言葉があります。これは、1位が京都の楽焼、2位が山口県萩市の萩焼、3位が佐賀県唐津市の唐津焼という順に、茶人に好まれてきたことを示す言葉です。

萩焼が茶人に愛されてきた理由は、その素朴でありながら上品な佇まいにあります。華美な装飾を排した萩焼の茶碗は、侘び茶の精神に通じるものがあり、茶の湯の道具として理想的な器とされてきました。手に持った時のやわらかな感触や、口当たりのよさも茶碗として高く評価されるポイントです。

「萩の七化け」使い込むほどに味わいが増す魅力

萩焼を語る上で欠かせないのが「萩の七化け」という言葉です。萩焼は焼き締まりが弱いため、器の表面に「貫入」と呼ばれる細かなひび割れが生じます。この貫入を通じて、長年使い込むうちにお茶やお酒が器に浸透し、表面の色合いが徐々に変化していきます。この経年変化のことを「萩の七化け」と呼びます。

「七化け」の「七」は具体的な回数を意味するのではなく、「何度も変化する」という意味です。新品の時には白っぽかった茶碗が、使い込むほどに味わい深い色合いに変わっていきます。その変化の過程を楽しむことこそが萩焼の最大の魅力であり、使う人とともに器も成長していくという日本の美意識を体現した焼き物といえます。

萩焼の窯元めぐりと陶芸体験

萩市内には多くの窯元が点在しており、ポタリングの途中で立ち寄ることができます。代表的な窯元としては、江戸時代後期の文政9年(1826年)に創業した泉流山窯、萩焼の販売と陶芸体験の両方を楽しめる萩焼会館、藍場川の上流に佇む小さな窯元である元萩窯、千春楽城山窯などがあります。

多くの窯元では陶芸体験が行われており、電動ろくろや手びねりなど、初心者でも楽しめるコースが用意されています。自分だけの萩焼を作る体験は、萩の旅の素晴らしい思い出になります。体験で作った作品は焼成後に自宅に送ってもらえることが多く、届いた器を使うたびに萩を自転車で巡った旅の記憶がよみがえることでしょう。

萩焼会館では萩焼の歴史や特徴について学べる展示があるほか、食事処も併設されており、萩焼の器で地元の料理を味わうことができます。器と料理の両方を楽しめる贅沢な体験です。

萩のポタリングで出会う自然と景観の魅力

萩のポタリングでは、世界遺産や萩焼以外にもさまざまな魅力に出会うことができます。日本海に面した萩ならではの美しい自然と、歴史ある寺社を自転車で巡る楽しみをご紹介します。

菊ヶ浜の白砂青松と日本の夕陽百選

萩は日本海に面した町であり、海の美しさも大きな魅力です。菊ヶ浜は、白い砂浜と青い松のコントラストが美しい海岸で、指月山を背景にした眺望は絵画のようです。日本の夕陽百選に選ばれており、夕暮れ時には空と海が橙色に染まる幻想的な景色を楽しむことができます。

松本川沿いのルートも自転車で走ると気持ちがよく、川沿いの道は平坦で走りやすいのが特徴です。水面に映る萩の町並みを眺めながらのポタリングは、心が洗われるような体験です。

萩八景遊覧船で水上からの景色を楽しむ

城下町エリアの堀内地区から乗船できる萩八景遊覧船では、橋本川をゆったりと遊覧することができます。自転車を一旦停めて、船の上から萩の町を眺めるのも趣があります。水上から見る城下町の風景は陸上からとはまた違った味わいがあり、ポタリングのアクセントとして楽しめます。

東光寺の500基の石灯篭と松陰神社

東光寺は元禄4年(1691年)に萩藩3代藩主毛利吉就が建立した黄檗宗の寺院で、毛利家の菩提寺です。境内には500基以上の石灯篭が整然と並んでおり、その光景は圧巻です。石灯篭は家臣たちが藩主の冥福を祈って寄進したもので、藩主と家臣の絆の深さを今に伝えています。総門、三門、鐘楼、大雄宝殿はいずれも国指定重要文化財に指定されています。

松陰神社は吉田松陰を祀る神社で、学問の神として知られ、合格祈願や学業成就を願う参拝者が多く訪れます。境内の松陰神社宝物殿「至誠館」では、松陰の遺品や遺墨、門下生に関する資料が展示されています。ポタリングの起点または終点として、ここで明治維新の原点に思いを馳せるのもよいでしょう。

萩へのアクセス方法とレンタサイクル情報

萩でポタリングを楽しむための実用的な情報をお伝えします。

萩へのアクセスと交通手段

萩を訪れるには、新幹線で新山口駅まで来て、そこからバスに乗り換えるのが一般的なルートです。新山口駅からは防長交通が運行する直行バス「スーパーはぎ号」が便利で、新山口駅新幹線口から萩市内まで約60分で到着します。1日4往復(8便)運行されており、運賃は片道1600円(小児800円)です。通常の路線バスを利用する場合の所要時間は約90分となります。

萩市内での降車場所は、萩・明倫センター、萩バスセンター、東萩駅の3か所が主要なポイントです。ポタリングを楽しむなら、レンタサイクルの営業所がある東萩駅で降りるのがおすすめです。東萩駅前の営業所ですぐに自転車を借りて、ポタリングを始めることができます。

萩市内には「まぁーるバス」と呼ばれる市内循環バスも運行されており、主要な観光スポットを結んでいます。自転車で疲れた場合や遠方のスポットへ移動したい場合にはこのバスを活用すると便利です。

レンタサイクルの料金と利用方法

萩のレンタサイクルは、主にスマイル貸自転車のサービスが便利です。東萩駅前営業所、萩城跡指月公園営業所、萩バスセンター前営業所の3か所で貸し出しを行っています。

自転車の種類1時間料金1日料金
普通自転車200円程度1,000円程度
電動アシスト付き自転車400円程度2,000円程度

シェアサイクルのCOGICOGI(コギコギ)も利用可能で、スマートフォンアプリから予約・利用ができます。好きな場所で借りて好きな場所で返せるため、自由度の高いポタリングが楽しめます。

萩ポタリングのベストシーズンと季節ごとの楽しみ方

萩のポタリングは一年を通じて楽しめますが、特におすすめなのは春と秋です。春は萩城跡指月公園の桜が見頃を迎え、城下町全体が華やかな雰囲気に包まれます。秋は気候が穏やかで自転車で走るのに最適な気温であり、城下町の風情もより一層深まります。夏は日差しが強いため帽子や日焼け止めなどの紫外線対策が必要です。冬は日本海側特有の曇天の日が多いですが、観光客が少なく静かな城下町をゆったりと巡ることができます。

ポタリング途中で楽しむ萩のグルメと名物

ポタリングの楽しみは景色や歴史だけではありません。萩は日本海に面した漁業の盛んな町であり、新鮮な海の幸を味わえるグルメスポットも多くあります。自転車で巡りながら萩ならではの味覚を楽しむのも、ポタリングの大きな魅力です。

道の駅「萩しーまーと」の新鮮な海の幸

萩漁港と卸売市場に隣接する道の駅「萩しーまーと」は、2001年に「萩市民の台所」を目指して開設された施設です。朝どれの新鮮な魚介類や地元の野菜、海鮮加工品を直売しているほか、レストランが3店舗併設されています。萩には年間を通じて約250種類もの魚が水揚げされ、その種類の豊富さは全国トップクラスを誇ります。特にサザエや甘鯛の開き干し、地物魚介でつくる干物などが人気のお土産品です。ポタリングの途中に立ち寄って、新鮮な海鮮丼やお寿司を楽しむのがおすすめです。

萩のシンボル・夏みかんのスイーツ

萩の町を自転車で走っていると、至るところで夏みかんの木を見かけます。萩と夏みかんには深い縁があり、明治維新後に失業した武士たちの救済策として萩の城下町で夏みかんの栽培が奨励されたのがその始まりです。以来、萩の夏みかんは町のシンボル的な存在となっています。

夏みかんを使ったお菓子やスイーツも豊富で、夏みかんソフトクリームは柑橘のほどよい酸味とミルクのなめらかさが絶妙な組み合わせで、ポタリングの休憩時にぴったりの一品です。夏みかんの皮を使ったマーマレードや菓子類も萩の定番土産として人気が高いです。

萩の名物菓子・蒸気まんじゅう

萩の名物菓子として知られるのが蒸気まんじゅうです。素朴な味わいの蒸しまんじゅうで、地元では老舗の和菓子店で焼きたてを食べることができます。夏みかんの皮が入った夏みかんクリーム蒸気まんじゅうなど、萩ならではのアレンジを加えた商品もあり、ポタリングの合間のおやつとして楽しめます。

古地図を片手に萩城下町ポタリングを楽しむ

萩の城下町は、江戸時代の古地図がそのまま現在の地図として使えるほど、当時の町割がそのまま残されているという稀有な町です。萩市では「古地図を片手にまちを歩こう」というキャンペーンを展開しており、観光案内所などで江戸時代の古地図を入手することができます。古地図に記された武家屋敷の場所が現在もそのまま残っていることに驚くことでしょう。歴史の中を自転車で走り抜ける、そんな特別な体験ができるのが萩のポタリングです。

自転車のペダルを漕ぎながら、江戸時代から続く白壁の町並みを走り抜け、潮風に吹かれながら菊ヶ浜の夕日を眺める。世界遺産の産業遺産群で近代日本の幕開けに思いを馳せ、萩焼の窯元で400年の伝統に触れる。萩のポタリングは、歴史と文化と自然が一体となった、忘れられない旅の体験になるはずです。

よかったらシェアしてね!
  • URLをコピーしました!
  • URLをコピーしました!

コメント

コメントする

目次