日本橋ポタリングコース完全ガイド レトロ建築と老舗巡り9選

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日本橋でのポタリングは、日本橋や三井本館、日本銀行本店旧館といった重要文化財の建築群と、山本山や黒江屋などの江戸創業の老舗を、自転車で半日から一日かけて巡るコースです。徒歩では回りきれない範囲を無理なくつなげられるうえ、信号待ちのたびに近代建築のファサードや老舗の暖簾が目に入るので、街の新旧の重なりを実感しやすいルートになっています。この記事では、レトロ建築と老舗をどう組み合わせて回るか、具体的なスポットと順路を紹介します。

目次

日本橋のポタリングコースは徒歩圏の名建築と老舗を自転車で結ぶ半日ルート

日本橋エリアは道路が平坦で、主要な見どころ自体は徒歩でも回れる距離に密集しています。ただし徒歩だと、日本橋の中心部から人形町や兜町まで足を延ばすのは意外と億劫です。自転車を使えば、この行動範囲の広がりを無理なく確保できます。

信号待ちや小休止のたびにビルの合間から重厚な近代建築が現れたり、路地裏に老舗の看板建築が佇んでいたりするのに気づけるのも、自転車ならではです。車ではまず素通りしてしまう裏路地の老舗も、自転車なら気軽に立ち寄れます。写真を撮りながら、時には甘味処で一息つきながら、自分のペースで街を歩けるところが、このコースの一番の利点だと思います。

ポタリングはシティサイクルやミニベロでも十分楽しめる

ポタリングは和製英語で、距離も速度も気にせず、がんばりすぎずに散歩するようにのんびり走ることを指す言葉です。使う自転車の車種に決まりはなく、シティサイクルでもミニベロでも折りたたみ自転車でも、街を中心に短距離を走るぶんには十分楽しめます。本格的なロードバイクを用意する必要はなく、普段使いの自転車やシェアサイクルで気軽に始められるのが、このコースの入りやすさにつながっています。

自転車を使う一番の利点は、自力で移動できる行動範囲が一気に広がることです。徒歩よりも広い範囲を、車よりもゆっくりしたペースで回れるので、日本橋のように見どころが点在するエリアとは相性がよいと言えます。

シェアサイクルは日本橋駅周辺に70か所以上のポートがある

日本橋駅周辺には、ドコモ・バイクシェアやHELLO CYCLINGのポートが70か所以上設置されています。日本橋二丁目まちかど広場のポートは日本橋駅から徒歩約3分で、アクセスも悪くありません。スマートフォンのアプリで会員登録をすれば、無人のポートで借りて別のポートで返す乗り捨ても可能です。

東京駅から日本橋・人形町方面へは自転車で約10分ほどとされていて、江戸切子や江戸つまみ細工の店、甘酒横丁まで気負わずに足を延ばせます。日本橋七福神を自転車で巡るコースや、浅草・両国・上野方面まで走るミニベロサイクリングを紹介する記事や動画も見かけるようになりました。日本橋を起点にした自転車散策は、東京の下町観光の入口としても定着しつつあるようです。

日本橋は1604年に五街道の起点と定められ商業の中心地として発展した

日本橋という地名の由来になった橋そのものは、慶長8年(1603年)の江戸幕府開府とともに完成し、翌慶長9年(1604年)に五街道の起点と定められました。江戸幕府の地誌書「御府内備考」には、この橋が江戸の中央にあり諸国への行程もここから定められるので日本橋という名がついたという趣旨の記載が残っているそうです。東海道、甲州街道、奥州街道、日光街道、中山道の五街道が順次整備される中で、幕府はこの橋を起点に街道網を発達させようとしていたことがうかがえます。

橋の周辺にはやがて、三井越後屋呉服店(のちの三越)や白木屋(のちの東急百貨店)といった大店が次々と軒を連ね、日本橋は江戸経済の中心地として発展していきました。水運も発達していたため、築地市場ができる以前は日本橋川沿いに魚河岸がいくつも並び、活気にあふれる商いの場だったといいます。ポタリングで通りを走っていると、こうした江戸時代からの商業地としての厚みが、今も残る老舗の看板に重なって見えてきます。

レトロ建築は三井本館、日本銀行本店旧館、日本橋高島屋S.C.本館の3棟が軸になる

コースの起点は、地名の由来になった日本橋そのものです。現在の橋は明治44年(1911年)に架けられた石造二連アーチ橋で、東京都指定有形文化財になっています。橋の中央には日本国道路元標が埋め込まれていて、ここが日本の道路網の起点だとわかります。欄干の麒麟と龍の彫刻は東京市の紋章である獅子とともに施されていて、和風のモチーフをバロック風の装飾で表現した凝った意匠です。じっくり見比べながら撮影スポットとして楽しむのに向いています。

橋の真上には首都高速道路が通っていて、青空の下の橋という景観は今のところ望めません。ただし現在、首都高神田橋ジャンクション付近から江戸橋ジャンクション付近までの約1.8キロメートルのうち1.1キロメートル区間で、日本橋川の川底に遮水板を敷いてその下を掘り進める地下化工事が進められています。地下化された道路の開通は令和17年度(2035年度)、現在の高架部分の撤去完了は令和22年度(2040年度)が見込まれています。高架のある今の日本橋の姿を自転車で記録しておくのも、案外意味のあることかもしれません。

日本橋から室町方面へ進むと、三井本館が見えてきます。旧三井財閥の本拠として建てられたビルで、三井越後屋(三越)の跡地に建設されました。大正15年(1926年)に着工し、昭和4年(1929年)6月に竣工しています。関東大震災で大きな被害を受けた旧建物の躯体を踏まえ、地震や火災に強い構造を目指して設計されたと伝えられています。ネオ・ルネサンス様式の重厚な列柱が印象的な外観で、平成10年(1998年)に国の重要文化財に指定されました。現在は三井住友信託銀行東京中央支店や三井住友銀行日本橋支店が入居していて、隣接する超高層ビル日本橋三井タワーとの対比も見どころです。

三井本館から少し走ると、日本銀行本店旧館に着きます。東京駅丸の内駅舎を手がけた辰野金吾の設計で、明治29年(1896年)に竣工しました。ネオ・バロック様式の石造建築で、国の重要文化財です。上空から見ると建物の平面が漢字の「円」の字に見えるという話もあり、日本銀行の象徴として今も現役の建物として使われています。周辺には明治から昭和にかけて建てられた金融機関の建物が集まっていて、石造やレンガ造の重厚な景観が続きます。

もう一つの軸が、日本橋高島屋S.C.本館です。昭和8年(1933年)に完成し、平成21年(2009年)には百貨店建築として全国で初めて国の重要文化財に指定されました。和風の意匠を随所に取り入れた外観が特徴で、館内には今も現役で動く手動操作のエレベーターが残っています。アール・デコ調の装飾も見どころで、買い物や休憩をしながら意匠をゆっくり確かめられます。

日本橋三越本店の中央ホールにはウーリッツァー製パイプオルガンが現存する

高島屋本館から日本橋方面に戻る途中には、日本橋三越本店があります。建物全体が国の重要文化財で、1階中央には昭和10年(1935年)の増築工事で竣工した五層吹き抜けの大空間があります。アール・デコ様式の大理石の柱や壁、天井のステンドグラスなど、意匠の密度がかなり高い空間です。

中央ホールの2階バルコニーには、昭和4年(1929年)にアメリカのルドルフ・ウーリッツァー社で製造されたパイプオルガンが設置されています。輸入当初は7階にありましたが、昭和10年の増築工事で現在の2階に移されました。無声映画や商業演劇の伴奏用に使われた「シアターオルガン」という種類の楽器で、管楽器や打楽器、擬音装置まで備えた多機能な楽器です。水曜・金曜・土曜・日曜の週4日、午前10時・正午・午後3時の1日3回、無料で演奏されています。休憩のタイミングを合わせられれば、生演奏を聴きながら休めます。三井本館7階の三井記念美術館にも、旧三井家が三百年以上かけて集めた美術品が約4000点収蔵されています。

コレド室町の新旧建築が隣り合う一角も見どころ

三井本館の周辺には、コレド室町と呼ばれる複合商業施設群が広がっています。日本橋は1990年代のバブル崩壊後に一時賑わいを失いましたが、官と民と地元が一体となった日本橋再生計画が動き出し、2004年にCOREDO日本橋が開業しました。以降、日本橋三井タワーやCOREDO室町1の開発を通じて、商業とオフィスと住宅を組み合わせた街づくりが進められてきました。平成26年(2014年)3月にはコレド室町2が開業し、江戸桜通りを挟んだ向かいにコレド室町3がグランドオープン、令和元年(2019年)9月には日本橋室町3丁目にコレド室町テラスが開業しています。

こうした再開発では街並み景観ガイドラインが定められていて、中央通り沿いは歴史的建造物と調和する低層部の連続性を保ちながら高層部をセットバックさせる工夫がされています。江戸桜通りでは桜並木の整備と延伸が基準として掲げられています。三井本館の重厚な意匠とコレド室町のガラス張りの現代建築が隣り合う光景は、この街が歴史を保存しながら更新され続けていることをそのまま示しています。走っていると数十メートルごとに建築様式が入れ替わるのがわかって、飽きません。

老舗巡りは創業300年超の山本山、黒江屋、にんべんが定番

お茶と海苔の専門店「山本山」は元禄3年(1690年)創業で、300年以上にわたって日本橋で商いを続けてきました。江戸時代創業の店が今も現役で営業しているというだけで、この街の商業の連続性がよくわかります。海苔専門店ではもう一軒、「山本海苔店」があります。こちらは嘉永2年(1849年)創業で、山本山とは創業年も屋号の由来も異なる別の老舗です。同じ日本橋で創業年の異なる二つの海苔とお茶の老舗を食べ比べながら巡るのも、このコースらしい楽しみ方だと思います。

漆器専門店の「黒江屋」は元禄2年(1689年)創業です。初代が紀州漆器黒江塗の産地である紀伊国名草郡黒江村(現在の和歌山県海南市黒江)から江戸に移り、漆器店を開いたことに由来して黒江屋という商号がついたと伝えられています。三百年以上、漆器一筋の商いを続けてきた店です。

鰹節とだしの専門店「にんべん」は元禄12年(1699年)創業です。江戸時代には戸板を並べて鰹節と塩干類を商っていたとされ、以来300年以上、日本の食文化を支える鰹節専門店として日本橋で商売を続けています。だし文化の奥深さに触れられる店として、老舗巡りに組み込む価値のある一軒です。

和菓子の「榮太樓總本鋪」は安政4年(1857年)に日本橋で創業しました。看板商品の金鍔をはじめ、創業当時からの味を今に伝えています。創業から200年近く、江戸と東京の人々とともに歩んできた菓子屋として親しまれていて、日本橋本店では歴史を感じさせる店構えの中で買い物ができます。ポタリングの休憩に、こうした老舗の和菓子で甘味休憩を挟むのも悪くありません。

刃物とキッチン用品の老舗「木屋」も、日本橋を代表する店の一つです。長年にわたり刃物や生活道具を扱ってきた専門店で、日本の刃物文化を今に伝えています。伝統的な技術を受け継ぐ道具を扱う老舗を巡ると、日本橋が単なる商業地ではなく、職人の技術や文化を育んできた街であることが実感できます。

足を延ばすなら日本橋兜町の金融街建築が明治から令和までの変遷を見せてくれる

時間に余裕があれば、日本橋川を挟んで南側の日本橋兜町・茅場町エリアまで足を延ばすのもおすすめです。兜町は江戸時代初期、徳川家康による江戸城下町建設の際に埋立造成された土地で、明治維新後は武家地が官有地となり、国の財政を管轄する官庁の建物が次々と建てられました。明治7年(1874年)には日本初の銀行である第一国立銀行(現・みずほ銀行)が洋風のモダンな建物として誕生し、東京株式取引所も設立されたことから、兜町は「日本のウォール街」とも呼ばれる証券と金融の街として大いに繁栄しました。

兜町には、日本銀行本店や東京駅を手がけた辰野金吾の設計、清水組の施工による「日証館」など、近代日本経済を支えた建築が今も残っています。日証館は、近代日本経済の発展に関わった渋沢栄一の事務所があった跡地に建てられたビルとしても知られています。平成11年(1999年)の東京証券取引所の立会場閉鎖以降、一時は街の活気が失われた時期もありましたが、近年は「BANK」や「K5」といった旧銀行の建物を活用したカフェやレストラン、ホテルが次々とオープンし、金融系スタートアップ企業も集まるようになりました。歴史的建築を活かした街として、静かに復活しています。日本橋のレトロ建築巡りに兜町のリノベーション建築を組み合わせると、明治から令和まで一続きの金融の街の変遷を自転車で追体験できます。

甘酒横丁では明治40年創業の板倉屋など人形町の名店を食べ歩きできる

日本橋の中心部から少し走ると、下町情緒の残る人形町エリアに着きます。人形町を代表するのが「甘酒横丁」です。この名前は、明治時代の初め頃、横丁の入口に「尾張屋」という甘酒屋があり、甘酒を商って繁盛していたことに由来すると伝えられています。以来、地域の人々がこの一帯を甘酒横丁と呼ぶようになり、今も多くの老舗や名店が軒を連ねています。

甘酒横丁周辺には、明治40年(1907年)創業の人形焼の老舗「板倉屋」、大正5年(1916年)創業の「柳屋」、昭和3年創業の手焼き煎餅店「にんぎょう町草加屋」など、老舗が集まっています。ほかにも、銀杏がんもと豆腐料理の「双葉」、すき焼きコロッケの「今半惣菜店」、親子丼の「玉ひで」、京粕漬の「魚久」など、食べ歩きを楽しめる名店が並んでいます。自転車を押しながら少しずつつまんでいく食べ歩きは、ポタリングでしか味わえない過ごし方です。

日本橋七福神めぐりは自転車なら半日で回りきれる

人形町・甘酒横丁エリアを巡るなら、日本橋七福神めぐりを組み合わせるのも一案です。日本橋七福神は日本一短時間で参拝できる七福神めぐりとも言われていて、日本橋エリアに鎮座する七福神を巡りながら、人形町通りや甘酒横丁の下町風情を同時に味わえます。すべての社寺が徒歩圏内に収まっているため道に迷いにくく、気負わず巡れるのが特徴です。自転車があれば、社寺を効率よく回りながら合間に老舗の店先に立ち寄る余裕も生まれます。御朱印集めを目的にしたポタリングとして楽しむ人も増えているようです。

モデルコースは日本橋から室町、兜町、人形町の順が効率的

ここまで紹介したスポットを踏まえて、モデルコースの一例を組んでみます。まず日本橋駅か東京駅周辺のシェアサイクルポートで自転車を借り、日本橋本体を訪れて橋の彫刻と日本国道路元標を確認します。次に室町方面へ進み、三井本館と日本橋三井タワーの対比を眺め、時間があれば三井記念美術館に立ち寄ります。続いて日本銀行本店旧館を外から見学し、辰野金吾の建築を確かめます。

その後、にんべん本店や山本山、木屋本店といった老舗をいくつか回りながら日本橋高島屋S.C.本館へ移動し、館内のレトロなエレベーターを見学します。三越本店にも立ち寄り、演奏時間が合えばパイプオルガンを聴きつつ、榮太樓總本鋪で和菓子を買って一息つくのもよいでしょう。余裕があれば兜町まで足を延ばし、リノベーションされた旧銀行建築を眺めます。

午後は人形町方面へ走り、甘酒横丁で食べ歩きをしながら板倉屋や柳屋といった老舗を巡ります。余裕があれば日本橋七福神めぐりの社寺も合わせて参拝し、御朱印を集めながら街歩きを締めくくります。半日から一日かけて、レトロ建築と老舗の両方をじっくり楽しめるコースになるはずです。

ポタリングの注意点は車道の左側通行とポートの返却計画

日本橋エリアは都心部で、自動車やバスの交通量が多い道路もあります。自転車で走る際は車道の左側通行を守り、交通ルールを意識してください。歩行者の多い甘酒横丁のような商店街では、自転車を降りて押し歩きをするなど、周囲への配慮も必要になります。シェアサイクルを使う場合は、事前にアプリでポートの空き状況を確認し、返却先のポートも計画に組み込んでおくと当日慌てずに済みます。

夏場の日中は日差しが強く、冬場は都心のビル風がそれなりに吹きます。季節に応じた服装と休憩の取り方を考えておくと、快適に走れます。老舗店舗の多くは営業時間が決まっているので、訪れたい店があるなら事前に営業時間を確認しておいたほうが、当日の計画は立てやすくなります。

日本橋は、江戸時代から続く老舗の商いと、明治・大正・昭和期の重厚な近代建築が同じ通り沿いに残っている、東京の中でも珍しいエリアです。自転車でのんびり巡れば、徒歩よりも広い範囲を効率よく回りながら、建物一つ一つの意匠や老舗の看板をじっくり眺められます。日本橋、三井本館、日本銀行本店旧館、日本橋高島屋S.C.本館というレトロ建築群と、山本山、黒江屋、にんべん、木屋、そして人形町・甘酒横丁の老舗群を組み合わせれば、半日から一日で満足できるポタリングコースが組めます。次の休みに、日本橋の歴史を自転車でゆっくりたどってみてはどうでしょうか。

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