静岡県掛川市は、掛川城の天守を中心とした城下町と、世界農業遺産に認定された茶畑を、どちらも自転車で気軽にめぐれる町です。駅から徒歩圏内に天守がある城下町エリアと、山側に広がる茶畑エリアを、起伏の少ない地形のおかげで無理なく走り抜けられます。東京駅からこだま号で95分から99分というアクセスの良さもあり、日帰りでも1泊2日でも組み立てやすいのが掛川の強みです。この記事では、城下町と茶畑という性格の異なる2つの魅力を、自転車でどうつないでいくかを具体的に整理します。

掛川城の天守は日本初の本格木造復元で内部見学ができる
掛川城は室町時代に今川氏の家臣だった朝比奈氏が築いたと伝わり、戦国時代には武田信玄と徳川家康がその支配をめぐって争いました。江戸時代には掛川藩の政治と文化の中心となり、城下町とともに発展した歴史を持ちます。安政の東海地震で天守が倒壊し、明治維新後にいったん取り壊されましたが、平成に入ってから日本で初めての本格木造復元天守閣として再建されました。
天守には軒唐破風と華頭窓を配した優美な姿があり、内部には掛川城に関する資料が多数展示されています。最上階からは掛川市内を一望でき、晴れた日には富士山まで見えるといいます。もうひとつの見どころが掛川城御殿です。江戸時代後期に建てられたこの御殿は、現存する城郭御殿としては京都の二条城などと並んで全国に4棟しかない建物で、1980年に国の重要文化財に指定されました。逆川を挟んでやや離れた場所にある大手門も見逃せません。掛川城最大の門で、山内一豊が築いた楼門造りの櫓門です。
掛川駅から徒歩でも行ける距離にこれだけの城郭が残っていることが、掛川ポタリングの起点として天守を選ぶ理由になります。見学を終えたら、自転車に乗り換えて城の周囲に広がる城下町へ向かう流れが自然です。
城下町の路地は自転車のほうが小回りが利く
掛川城を中心に広がる城下町には、歴史的な建造物が今も残っています。周辺には散策コースが整備されており、天守や御殿だけでなく、商家町として栄えたエリアの町並みも走ってめぐれます。東海道五十三次のひとつだった掛川宿もこのエリアに含まれ、江戸と京都を結んだ街道の宿場町らしい雰囲気が随所に残っています。
城下町エリアは道幅が狭く、一方通行の道も少なくありません。そのため自動車よりも自転車のほうが小回りが利き、路地裏の町並みまで気軽に立ち寄れます。気になる神社や老舗の店先で自由に立ち止まりながら、自分のペースで町の歴史をたどれるのが、ポタリングという移動手段の利点です。ポタリングとは、目的地への到達を急がず、景色や町並みを楽しみながらゆっくり自転車を走らせるスタイルを指します。ロードバイクで距離を稼ぐ走り方とは異なり、掛川のようにコンパクトな見どころが密集した町とは相性がよい方法です。
事任八幡宮から日坂宿へ、旧東海道の宿場町を自転車でつなぐ
城下町から東へ進むと、旧東海道沿いに鎮座する事任八幡宮に着きます。掛川駅から東北東へ約6.4キロメートルの距離にあり、平安時代に清少納言が書いた枕草子には「ことのまま明神いとたのもし」として登場する古社です。願い事がそのままに叶う神社として古くから信仰を集め、東海道を行き来した旅人も参詣したと伝えられています。
東海道五十三次は、江戸の日本橋と京都の三条大橋を結ぶ街道に置かれた53の宿場を指します。徳川家康が1601年に東海道に宿駅伝馬制度を敷いたことが始まりで、宿場には公用の人馬を調達する役割や公用文書を輸送する役割、旅人を宿泊させる役割がありました。大名が定期的に江戸へ往復する参勤交代を支える中心ルートとしても機能し、街道沿いの町は多くの人が行き交う拠点として発展しました。掛川には掛川宿と日坂宿という2つの宿場がありました。事任八幡宮からさらに東へ進むと、東海道五十三次の25番目の宿場だった日坂宿に入ります。街道沿いには修復・復元された旅籠屋が点在し、江戸時代の宿場町の空気を今に伝えています。自転車でこれらの宿場をつなぐと、東海道を旅した人たちの足取りを追体験するような感覚が味わえます。
| 宿場 | 位置づけ | 主な見どころ |
|---|---|---|
| 掛川宿 | 東海道五十三次のひとつ、掛川城の城下町と一体 | 天守、掛川城御殿、大手門、商家町の町並み |
| 日坂宿 | 東海道五十三次の25番目 | 修復・復元された旅籠屋、小夜の中山峠への入口 |
小夜の中山峠は東海道三大難所、西行法師の歌碑が残る
日坂宿からさらに足を延ばすと、東海道三大難所のひとつに数えられる小夜の中山峠に至ります。箱根峠、鈴鹿峠と並び称されたこの峠は、急な坂道が続く街道の難所として知られてきました。歌人の西行法師が69歳でこの峠を越えたときに詠んだとされる「年たけてまた越ゆべしとおもひきや命なりけりさやの中山」の歌はよく知られており、峠には歌碑が建てられています。
峠の周辺には真言宗の寺院である久延寺があり、小夜の中山夜泣石の伝説を伝える案内板と夜泣石が置かれています。この伝説にちなんで生まれた子育て飴は、もち米と大麦を原料にした素朴な水飴で、峠周辺の名物になっています。現在は道や公園が整備され、ハイキングや史跡散策のコースとして親しまれていますが、ロードバイクや電動アシスト自転車であれば、坂道の多いこのエリアもポタリングの範囲に含められます。ただし急坂が続く区間もあるため、体力や自転車の種類に合わせて無理のない計画を立てるべきです。
粟ヶ岳の茶畑は世界農業遺産「茶草場農法」が育んだ景観
掛川ポタリングのもうひとつの軸が、市内に広がる茶畑です。東山地区には標高532メートルの粟ヶ岳があり、山麓から山頂にかけて一面に茶畑が広がる光景は掛川を代表する景観になっています。この地域で受け継がれてきた茶草場農法は、高品質な緑茶をつくるためにススキやササといった茶草場の草を刈り取って茶畑に敷き込む伝統的な農法で、2013年に世界農業遺産に認定されました。
この農法によって秋の七草やササユリといった希少な植物が守られ、人と自然が共存する豊かな生物多様性を持つ里山の風景が保全されてきました。世界農業遺産は国際連合食糧農業機関が2002年に創設した仕組みで、社会や環境に適応しながら何世紀にもわたって発達してきた伝統的な農業と、それに関わって育まれた文化や景観、生物多様性に富んだ地域を次世代へ継承することを目的としています。2013年5月に石川県七尾市で開催された世界農業遺産国際会議では、茶農家が茶園周辺の草地を刈り取って管理することで生物多様性保全と持続的な農業生産を両立させている点が評価され、静岡の茶草場農法が正式に認定されました。茶畑の景観美だけでなく、こうした認定の背景を知ってから走ると、目に映る茶畑の見え方も変わってきます。
粟ヶ岳世界農業遺産茶草場テラスからは富士山と駿河湾まで一望できる
粟ヶ岳の山頂には粟ヶ岳世界農業遺産茶草場テラスという施設があります。茶草を干して束ねたかっぽしをイメージした外観が特徴です。施設の1階には茶草場農法によるお茶づくりを紹介する映像シアターと、茶草場農法で作られた掛川茶を味わえるカフェレストランがあり、2階のテラスからは茶園に加えて富士山、静岡空港、伊豆半島、駿河湾、南アルプスまで一望できるといいます。麓の東山いっぷく処には無料駐車場とサイクルラックがあり、週末はハイキングやサイクリング客でにぎわう人気スポットです。
粟ヶ岳への道はヒルクライムに近い上りになるため、本格的に挑戦したい人には歯応えのあるコースです。一方で、平坦な茶畑エリアを周遊するだけでも、緑の絨毯のような茶園風景を十分楽しめます。静岡空港から掛川の街へ向かうルートには、茶畑を抜けて宿場町、城下町へつながる道もあり、空港利用者がそのままポタリングに合流するプランも考えられます。
太平洋岸自転車道は山から海までの起伏を活かしたロングコース
掛川市は山側の茶畑だけでなく、海側にもサイクリングの魅力があります。掛川100景のひとつに数えられる太平洋岸自転車道は、掛川市内を通過するロングディスタンスのサイクリングルートで、山から海までゆるやかな起伏のある掛川の地形を活かしたコース設定になっています。城下町や茶畑をめぐる内陸のポタリングに、海側の開放的な風景を楽しむ行程を加えることもできます。
掛川駅周辺のレンタサイクル無料サービスは2026年3月に終了した
掛川駅周辺では、大手門駐車場や掛川駅北駐輪場で無料の自転車貸し出しが行われていました。利用の際は運転免許証やパスポートなどの身分証明書の提示が必要でした。ただし、この無料レンタルサイクルは2026年3月27日をもってサービスを終了しました。訪問時期によっては利用できないため、事前に掛川市の観光情報サイトで最新のサービス提供状況を確認しておくべきです。
無料サービスが使えない場合は、シェアサイクルサービスのHELLO CYCLINGが掛川市内にステーションを設けており、スマートフォンアプリで自転車を借りられます。掛川市役所前駅周辺や磐田・袋井エリアにもレンタサイクルを扱う施設があり、宿泊施設によっては貸し出しを行っているところもあります。掛川市では掛川サイクリングラリーマップやゆるゆる遠州サイクルツーリングマップといったコースマップも用意されているため、初めて訪れる場合でもこれらを参考にすれば迷わずに走れます。夜間のライト点灯、飲酒運転の禁止、ヘルメットの着用といった基本的な安全ルールを守ることも忘れてはいけません。
ガイド付きサイクリングツアーは土地勘がない人ほど向いている
掛川市ではスローライフ掛川の名のもとに、ガイドサイクリングツアーが定期的に開催されています。新茶を愉しむガイドサイクリングのような季節テーマのツアーも用意されており、地元のガイドと走れば個人では気づきにくい見どころや歴史の逸話を教えてもらえます。ゆるゆる掛川ガイドライド自転車の旅というプログラムでは、掛川市の3つの城を戦国ロマンを求めてめぐるコースも紹介されています。初めて掛川を訪れる場合や、土地勘のない状態で充実したポタリングをしたい場合は、こうしたガイドツアーへの参加を検討する価値があります。
深蒸し茶を味わうなら掛川駅北口のmatcha KIMIKURAが起点になる
ポタリングの合間に立ち寄りたいのが、掛川の名産である深蒸し茶を味わえる店です。JR掛川駅北口には抹茶専門店matcha KIMIKURAの掛川駅フラッグシップストアがあり、木造駅舎のすぐ隣という立地から、出発前や帰着後に気軽に立ち寄れます。1階はモダンな物販スペースで抹茶スイーツなどが購入でき、2階には広めのイートインスペースがあります。
深蒸し茶は、生茶葉を蒸す工程で通常の煎茶より長く蒸して作るお茶です。一般的な煎茶の蒸し時間が30秒から40秒程度であるのに対し、深蒸し茶は1分から3分ほど蒸します。蒸し時間が長くなることで茶葉が細かくなり、渋みが抑えられてまろやかな旨みが際立ち、淹れたときの水色も濃い緑色になります。掛川の深蒸し茶もこの製法によるもので、濃い緑色とまろやかな甘みが特徴です。市内には茶園を見渡せる全面ガラス張りの空間で、地元の野菜や果物を使った食事とともに深蒸し掛川茶を味わえる店もあり、ポタリングの休憩ポイントとして向いています。城下町エリアにも掛川茶を扱う喫茶店が点在しているため、走行ルートに応じて立ち寄り先を決めておくと、行程にメリハリが出ます。
掛川花鳥園と資生堂アートハウスはポタリング休憩の定番スポット
行程に変化をつけたいときは、掛川市内の個性的な観光施設に立ち寄る手もあります。掛川花鳥園は花と生物とのふれあいをテーマにしたテーマパークで、総面積10ヘクタールの敷地に国内最大規模となる7000平方メートルの大温室を備えています。熱帯性スイレンやブルグマンシアといった珍しい花々が咲くほか、フクロウやペンギン、インコなど多種の鳥類と間近でふれあえ、自転車を降りて一息つく休憩スポットとしても人気です。
美術に関心があるなら資生堂アートハウスもおすすめです。1978年に開館したこの美術館は絵画や彫刻、工芸品などを展示しており、常設展のほか展覧会も定期的に開催しています。開館時間は10時から16時30分までで、掛川駅から車でおよそ5分の距離にあり、自転車でも無理なく訪れられます。城下町の歴史的な雰囲気や茶畑の自然美とは違う、静かな鑑賞の時間をポタリングの合間に組み込めるのも、掛川という町の懐の深さです。
ポタリングのモデルコースは城下町型と茶畑型の2パターン
掛川駅を出発点にする場合、まず徒歩圏内の掛川城と城郭御殿、大手門を見学し、そこから自転車で城下町エリアの町並みを散策するのが基本の流れになります。城下町を一巡したら旧東海道を東へ向かい、事任八幡宮を経由して日坂宿の雰囲気を楽しみます。体力と時間に余裕があれば、小夜の中山峠まで足を延ばして歴史散策を加えることもできます。
茶畑を主眼に置く場合は、掛川駅から東山地区方面へ向かい、粟ヶ岳山麓の茶畑地帯を周遊するルートが中心になります。平坦なエリアを走って茶園風景を楽しみ、余力があれば粟ヶ岳世界農業遺産茶草場テラスまで上って、山頂からの眺めとカフェでの一服を楽しむとよいでしょう。城下町コースと茶畑コースを1日で両方回るのは距離的にやや欲張りになるため、時間配分に応じて重点エリアを絞るか、1泊2日の行程にして両方を無理なく楽しむのもひとつの方法です。
| コース | 走る範囲 | こんな人向け |
|---|---|---|
| 城下町型 | 掛川城、城下町、事任八幡宮、日坂宿 | 歴史や町並みをじっくり見たい人 |
| 茶畑型 | 東山地区、粟ヶ岳山麓、茶草場テラス | 茶畑の景観とヒルクライムを楽しみたい人 |
新茶シーズンの4月下旬から5月は茶畑ポタリングの最適期
掛川の茶畑は新茶のシーズンにあたる4月下旬から5月にかけてが特に美しく、一面に萌えるような新緑の茶園風景が広がります。この時期は新茶を愉しむガイドサイクリングのような季節限定ツアーも開かれるため、茶摘みの様子や新茶の香りと合わせてポタリングを楽しめます。一方、東海道の宿場町散策や城下町巡りは、真夏の炎天下を避ければ通年で楽しめ、春や秋の穏やかな気候の時期は長距離を走るポタリングにも向いています。
掛川では新茶のシーズンに合わせて、お茶にまつわる催しも開かれてきました。2026年は4月28日から6月30日にかけて、全国お茶まつりのプレイベントとして春のお茶まつりが実施され、市内各地で新茶の呈茶をはじめ、掛川城を中心とした催しが行われました。5月4日と5日には、掛川城三の丸広場や門前通りで日の本一の掛川城大茶会が開かれ、お茶のおもてなしや地元学生によるお茶会、戦国時代の扮装大会などが企画されました。
茶摘み体験は11月上旬まで実施中、料金は1500円から
茶摘みそのものを体験したい場合は、世界農業遺産に認定された茶草場農法の茶園を持つキウイフルーツカントリーJapanで、2026年4月11日から11月上旬頃までお茶摘み体験プログラムが実施されています。料金は茶摘みのみのコースが1500円、ゴールデンウィーク期間は1700円で、5人までのグループで茶摘みから茶づくりまで行えるコースは12500円です。ポタリングの行程にこうした体験を組み込めば、茶畑を見るだけでなく触れる旅として、より記憶に残る掛川滞在になるはずです。イベントの開催時期や料金は年によって変わる可能性があるため、訪問前に公式サイトなどで最新情報を確認しておくことをすすめます。
掛川ポタリングで気になる点
自転車の種類に迷う人も多いはずです。城下町と平坦な茶畑エリアだけを走るなら、電動アシスト自転車や一般的なシティサイクルで十分に楽しめます。粟ヶ岳のヒルクライムまで含めるなら、坂道に強いロードバイクか、電動アシストの力を借りるのが現実的です。所要時間についても、城下町エリアの散策だけなら半日、茶畑エリアまで含めるなら1日がかりになると考えておくとよいでしょう。城下町と茶畑の両方をじっくり味わいたい場合は、無理に1日に詰め込まず、1泊2日の行程を組む選択肢も検討する価値があります。
掛川市は、戦国時代から続く掛川城とその城下町、旧東海道の宿場町の面影、そして世界農業遺産に認定された茶草場農法が育む茶畑という、性格の異なる魅力をコンパクトなエリアに持つ町です。東京から新幹線こだまで95分から99分というアクセスの良さもあり、思い立ったらすぐに出発できます。城下町の歴史情緒と茶畑の景観、深蒸し茶をはじめとする食の楽しみを組み合わせれば、単なるサイクリングにとどまらない旅になります。








