大津・坂本を自転車で巡る門前町ポタリング、穴太衆積みの石垣を見る

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滋賀県大津市の坂本は、比叡山の麓で延暦寺と日吉大社の門前町として栄えた町です。穴太衆積みの石垣と54軒の里坊が残り、歩ける範囲に見どころが集まっているので、自転車でゆっくり走るポタリングに向いています。京阪石山坂本線の坂本比叡山口駅から徒歩3分ほどで町の入口に着き、石垣の通りは自由に見学できます。

この記事では、坂本が門前町として歩んできた歴史、石積みの技術と見分け方、日吉大社や滋賀院門跡など回りたい場所、レンタサイクルとガイド付きツアーの情報、坂本そばの老舗までを順番にまとめます。拝観料や時間も載せますが、変わることがありますので、出かける前に各施設の公式案内で確認してください。

目次

坂本は延暦寺の「坂下」にあり、里坊は54軒が残る町

坂本は、比叡山の麓にある大津市北部の地区です。地名は、延暦寺へ登る坂の下という意味の「坂下」に由来します。天台宗を開いた最澄の誕生地としても知られ、山の上の延暦寺と、麓の町が一体で語られてきました。

1997年10月31日に重要伝統的建造物群保存地区へ選定

坂本の景観は、国の重要伝統的建造物群保存地区に指定されています。選定されたのは平成9年、西暦1997年の10月31日です。石垣、土塀、里坊の建物、町家が残る町並みが、地区として国の保存の仕組みに入っています。

里坊の数は文化庁の資料で54軒

里坊の数は、観光案内では「50以上」「およそ50」と書かれることが多く、文化庁の資料では現在54軒とされています。数え方で幅がありますが、50軒を超える規模であることは共通しています。1軒ずつ門の前で足を止めれば、石垣と土塀の組み合わせがそれぞれ違うことに気づきます。

里坊は、山の修行を終えた高齢の僧の隠居所

里坊とは、比叡山で厳しい修行を積み、年を重ねた僧が暮らした住まいのことです。山を下りた僧に与えられた隠居所で、建物の多くは江戸時代中期から明治、大正、昭和の戦前にかけて建てられました。

通りから見ると、里坊は門、土塀、居住の建物が、道より少し奥に引っ込んで並びます。道に面して見えるのは、まず石垣と、その上の土塀です。石垣の上には白壁の土塀のほか、生垣、竹垣、木の柵が載ることもあり、同じ石垣でも上に載るものによって表情が変わります。

つまり、坂本で最初に目に入るのは建物ではなく石垣です。ここが、ポタリングで石積みを主役にして走る理由になります。

坂本の門前町を形づくっているのは、里坊だけではありません。穴太衆積みの石垣、里坊、町家の建物、塀が組み合わさって、1つの景観になっています。里坊は僧の住まいで、町家は町の建物です。通りを歩くと、種類の違う建物が同じ景観の中に並んでいるのが見えます。里坊の建物は江戸時代中期から昭和の戦前までと幅が広く、同じ通りでも建てられた時代の違う建物が並びます。

穴太衆積みは、自然石を加工せずに組む野面積み

穴太衆積み(あのうしゅうづみ)は、自然石をほとんど加工せず、形をそのまま生かして組み上げ、高く積む石垣です。見た目が美しいうえに堅固で、坂本では主屋や庭園を囲む石垣として、いまも町の景観を作っています。積んだのは、この地に住んだ石工集団の穴太衆です。

野面積みの技術は口伝で、同じ石は二つとない

自然の石をそのまま使う積み方は、野面積みと呼ばれます。技術は口伝えで受け継がれてきました。現場には同じ形の石が二つとないので、決まった手順は成り立たず、石を見ながらその場で考えて積むのだといいます。図面どおりに作る工事とは、考え方が逆です。

安土城で名が広まり、城の約八割に関わったとされる

穴太衆の名が全国に広まったのは、安土桃山時代です。安土城の築城で石垣の実績を残し、最も優れた石垣として知られるようになりました。北は青森から南は鹿児島まで、この時代に造られた大小の城のうち、約八割が穴太衆の手によるという話も伝わっています。八割という数字は伝承として語られるものなので、厳密な統計と受け取らず、それだけ多くの城に関わったと読むのが自然です。

1615年の一国一城令で城の需要が減った

江戸時代に入って世の中が落ち着くと、堅牢な城を築く必要が減りました。慶長20年、西暦1615年に一国一城令が出されると、多くの城が廃城になっています。城を築く仕事が減ったことは、石垣を積む職人にとって大きな変化でした。

粟田家は延暦寺の石積みを代々担い、戦後は各地の城を修復

粟田家は、代々、坂本を門前町とする比叡山延暦寺の石積みの仕事を手掛けてきた家です。第二次世界大戦後には、竹田城、篠山城、安土城、彦根城、高知城、洲本城などの石垣修復にも携わったと紹介されています。城の需要がなくなったあとも、延暦寺の石垣を守る仕事と、各地の城の修復という形で、技術が受け継がれています。

石垣の積み方を見比べながら走るポタリング

坂本の石垣は、古めかしく荒々しいものが多く、町の風景に溶け込んでいます。ポタリングは、目的地へ速く着くことを競わず、自転車でのんびり散策することです。石垣の通りは、この走り方と相性がいい場所です。同じ形の石が二つとない野面積みは、速度を落として見るほど違いが目に入ります。

見比べる場所は3つあります。石の大きさ、石と石のすき間の具合、苔の付き方です。里坊ごとに石垣の表情が違うので、通りを1本変えるだけで見え方が変わります。観光地を急いで回る旅では見落としやすい部分ですが、自転車の速さなら立ち止まりやすく、気になった石垣の前で止まれます。

日吉大社は、国宝の東西本宮本殿と山王鳥居が見どころ

日吉大社は大津市坂本にある神社で、全国に3800余りある日吉、日枝、山王神社の総本宮です。比叡山を背に社殿が建ち、現存する社殿の多くは室町時代後期から江戸時代初期の建築です。東本宮本殿と西本宮本殿の2棟は国宝に指定されています。

日吉造と呼ばれる独特の建築様式も、見どころのひとつです。山王鳥居は、鳥居の上に比叡山を表す三角形の飾りが載る形が特徴で、一般的な鳥居との違いが一目でわかります。神猿(まさる)も、見どころとして紹介されています。

秋の見どころは紅葉です。境内には3000本以上のカエデがあり、色づく時期は参道が赤く染まります。基準日の2026年10月6日は、これから紅葉の時期に入る頃にあたります。

項目内容
所在地滋賀県大津市坂本
国宝東本宮本殿、西本宮本殿
拝観時間9時から16時30分
入苑協賛料大人500円、小中学生300円

滋賀院門跡は拝観料500円で、庭園は小堀遠州の作と伝わる

滋賀院門跡は、延暦寺の直轄の別院にあたる寺院です。天台宗にある八つの門跡寺院のひとつで、天台座主の住まいでもあります。広い境内には、内仏殿、勅使殿、二層の書庫などが並びます。

庭園は、小堀遠州の作と伝わる池泉回遊式庭園です。勅使殿の縁側から眺められます。池を中心に歩いて回る形式の庭を、建物の縁側から見るのが、この寺の見方です。拝観料は500円で、年間を通して8時30分から16時30分まで開いています。12月から2月は9時から16時です。

旧竹林院と慈眼堂で、里坊と天海の御廟を見る

里坊の中でも、旧竹林院は庭園を公開している1軒です。約3300平方メートルの庭園を持ち、庭園は国の名勝に指定されています。現在は大津市が管理し、有料で公開されています。通りから石垣を眺めるだけでなく、里坊の内側を見たいときの候補になります。

慈眼堂は、天海大僧正の御廟です。天海が亡くなったのは寛永20年、西暦1643年で、慈眼堂が創建されたのは正保3年、西暦1646年とされています。里坊や石垣とは違う角度から、坂本の歴史に触れられる場所です。

西教寺と坂本城跡に、明智光秀の足跡が残る

坂本には、明智光秀ゆかりの場所も残っています。光秀は元亀2年、西暦1571年に、延暦寺の麓にあたる坂本に坂本城を築きました。琵琶湖に面した水城で、琵琶湖の水運を押さえる位置にあります。光秀はこの城を拠点に、木戸城、田中城、石山城、今堅田城など、湖南の城を攻めて掌握したと伝わります。

西教寺の境内には、光秀一族の墓があります。本堂の正面脇に明智一族の墓所があり、光秀の妻の煕子の墓も境内の一角に立っています。宗祖大師殿の唐門からは、眼下に琵琶湖が広がります。

天正10年、西暦1582年の本能寺の変のあと、坂本城は羽柴秀吉の軍に攻められて落城しました。城内と推測される場所には、光秀の供養塚と伝わる明智塚があります。石垣の通りと合わせて、戦国の歴史も同じ日に回れるのが坂本の強みです。

坂本ケーブルは、約2キロを約11分で結ぶ日本最長のケーブルカー

坂本ケーブルは、麓の坂本と、山上の延暦寺を結ぶケーブルカーです。距離は約2キロで、所要時間は約11分です。日本最長のケーブルカーとされています。麓の坂本駅と山上の延暦寺駅は、どちらも登録有形文化財です。

坂本駅と延暦寺駅の駅舎そのものが文化財なので、乗らずに外観を見るだけでも価値があります。自転車で坂本を巡る日でも、ケーブルカーを組み合わせれば、山上の延暦寺まで足を延ばせます。ただし、自転車をケーブルカーに載せられるかどうかは、今回確認できた情報にありません。乗り物の条件は、必ず運行会社の公式案内で確かめてください。

延暦寺は三塔十六谷で、秋は2000本超のカエデが山を染める

延暦寺は天台宗の総本山で、三塔十六谷に数百の堂が点在します。堂は山の中に散らばっていて、1か所の本堂を見て終わる寺ではありません。秋には2000本を超えるカエデが山を染め、11月には「もみじまつり」が開かれます。

坂本の門前町に里坊が多いのは、この山と町が結びついていたからです。山で修行した僧が、年を重ねて町に下りる。里坊の石垣を見たあとで山上の延暦寺を見ると、その関係が具体的に見えてきます。

ポタリングの自転車は、レンタサイクルかガイド付きツアーで用意できる

自転車の用意には、2つの方法があります。ひとつは大津市のレンタサイクル、もうひとつはガイド付きのサイクリングツアーです。

大津港サイクルステーションから始める2つのモデルプラン

大津市には、大津港サイクルステーションを出発地にしたモデルプランがあります。「お気軽プラン」と「1日ゆっくりプラン」の2種類です。大津港サイクルステーションは、大津市浜大津5丁目1-7の大津港旅客ターミナルにあり、レンタサイクルを借りられます。琵琶レイクオーツカなど複数の施設で途中返却ができるので、行きと帰りで違う場所に戻したい場合にも使えます。

約6時間のガイド付きサイクリングツアー

坂本地区には、古民家が残る集落や林道を走るサイクリングツアーがあります。所要時間は約6時間で、坂本ならではの歴史をじっくり味わうコースです。料金には、自転車のレンタル料、ガイド料、ヘルメット、鍵、傷害保険が含まれると案内されています。自分で地図を見て走るより、案内を聞きながら回りたい人に合う選び方です。

京阪石山坂本線の終点が、坂本散策の拠点になる

京阪石山坂本線は、石山寺駅から坂本比叡山口駅までの14.1キロを結ぶ路線です。坂本比叡山口駅は終点で、比叡山と坂本観光の拠点になっています。駅から町の入口までは徒歩3分ほどです。

自転車を電車に持ち込めるかどうかは、今回確認できた情報にありません。輪行を考えている場合は、京阪電車の公式案内で条件を確認してから計画を立ててください。持ち込めない場合でも、大津市のレンタサイクルを使えば、自転車なしで来ても走れます。

本家鶴喜そばは1716年創業、坂本最初のそば屋

坂本とそばの関係は、寺の歴史と同じくらい長いといわれます。延暦寺の僧は精進料理を食べていたので、そばは古くから主食のひとつでした。

本家鶴喜そばは、坂本で最初のそば屋です。1716年に、延暦寺で調理を担当していた僧が始めたと伝えられています。そばは地元の僧だけでなく、延暦寺、日吉大社、西教寺を訪れる参拝者にも出され、坂本そばの評判が定まりました。300年以上続く老舗で、手打ちのそばは香りが高く、コシが強いと評判です。店舗の建物は登録有形文化財で、築136年と紹介されています。そばつゆのもとになるかえしは、創業以来、継ぎ足しながら守られてきたといいます。

ポタリングの昼食には、この店が候補になります。里坊の石垣を眺めて走り、老舗でそばを食べる流れは、門前町の歴史をそのまま辿る1日になります。

琵琶湖を一周するビワイチの西岸に、坂本は位置する

琵琶湖を自転車で一周するルートは、ビワイチと呼ばれます。滋賀県では、南のサイクリストの聖地碑や、北の道の駅などで、訪れるサイクリストを対象にした調査も行われています。坂本はこのルートの西岸にあたります。

門前町の石垣を巡ったあと、琵琶湖畔まで足を延ばす楽しみ方もあります。坂本城は琵琶湖に面して築かれた水城で、琵琶湖の水運を押さえるための城でした。湖畔まで走れば、城が水とつながっていた位置関係を、自分の目で確かめられます。

坂本の歴史は、1571年の坂本城から1997年の選定まで年表でたどれる

ここまでに出てきた年号を、時代順に並べると次の表になります。里坊の石垣は江戸時代中期以降の建物が中心なので、表の出来事はそれぞれ、町のどの時期の話かを知る手がかりになります。

年出来事
1571年明智光秀が坂本城を築く
1582年本能寺の変のあと、坂本城が落城する
1615年一国一城令が出され、多くの城が廃城になる
1643年天海大僧正が亡くなる
1646年慈眼堂が創建される
1716年坂本で最初のそば屋が始まる
1997年坂本が重要伝統的建造物群保存地区に選定される

安土桃山時代の石垣の需要、江戸時代の廃城、現代の保存地区という流れを重ねると、穴太衆積みが城から門前町へと活躍の場を移してきた様子が見えてきます。石垣の前に立つとき、この年表を頭に置いておくと、同じ石垣でも見え方が変わります。

閉まる時間と拝観料から組む、坂本の1日の回り方

坂本の見どころには、閉まる時間の制約があります。日吉大社の拝観時間は9時から16時30分、滋賀院門跡は8時30分から16時30分です。ただし滋賀院門跡は、12月から2月は9時から16時になります。つまり、寺社を回る日は、夕方の早い時間までに主要な場所を終える組み立てが必要です。

拝観料も確認しておきます。日吉大社の入苑協賛料は大人500円、滋賀院門跡の拝観料は500円なので、この2か所だけなら大人1人で合計1000円です。旧竹林院は有料で公開されていますが、料金は今回確認できていません。

流れの例を挙げます。坂本比叡山口駅から徒歩3分で石垣の通りに入り、里坊の石垣を見ながら走ります。日吉大社と滋賀院門跡は閉まる時間が決まっているので、午前から昼過ぎのうちに回ります。昼食は本家鶴喜そばで坂本そばをとり、午後は西教寺、時間があれば琵琶湖畔へ向かう順番です。石垣の通りは見学が自由なので、閉まる時間を気にせず、夕方に回せます。

坂本のポタリングでよくある疑問

坂本は何時間あれば回れるのかと聞かれれば、見たい場所の数で変わります。ガイド付きのサイクリングツアーが約6時間のコースなので、石垣、神社、寺、昼食まで含めるなら、半日から1日を見ておくのが現実的です。石垣の通りだけを走るなら、もっと短く済みます。

自転車がなくても楽しめるかという疑問には、楽しめると答えられます。坂本比叡山口駅から町の入口まで徒歩3分で、石垣の通りの見学は自由だからです。自転車は、日吉大社、西教寺、琵琶湖畔と、少し離れた場所までつなげたいときに効いてきます。

季節は、紅葉の時期が見映えします。日吉大社の境内には3000本以上のカエデがあり、延暦寺では11月にもみじまつりが開かれます。石垣そのものは季節を選ばず見学できるので、紅葉に合わせるか、石垣を主役にして別の時期を選ぶかは、目的で決められます。

門前町の石垣を、自転車の速さで見る

坂本は、石積みが町の顔になっている門前町です。穴太衆積みの石垣、54軒の里坊、日吉大社、滋賀院門跡、西教寺、延暦寺と、歩ける範囲に歴史が詰まっています。そこを自転車の速さで回ると、徒歩より遠くまで行け、車より細部を見られます。

石垣の積み方を見比べ、昼にそばを食べ、余裕があれば琵琶湖畔まで足を延ばす。そんな1日の組み立て方ができるのが、大津の坂本を走る魅力です。出かける前には、拝観料と開く時間、自転車の持ち込み条件を、公式の案内で確かめておいてください。

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