津の城下町をポタリングで巡る旅とは、初代津藩主・藤堂高虎が400年以上前に設計した城下町の骨格を、自転車でゆっくりとなぞる歴史体験です。三重県の県庁所在地・津市は、伊勢湾に面した静かな城下町で、藤堂高虎が築いた石垣や堀、街区の構造が今も色濃く残っています。派手な観光地ではないものの、自転車で走ることで初めて見えてくる歴史の重層性が、この町ならではの魅力です。
近年は電動マイクロモビリティのシェアサービス「LUUP」が津市に導入され、駅から城下町中心部までの移動が格段に楽になりました。津城跡を中心に、津観音や高田本山専修寺、津偕楽公園など、半日でも十分回れるコンパクトな範囲に歴史的見どころが集中しているのも、津のポタリングが人気を集めている理由のひとつです。本記事では、藤堂高虎という人物の足跡から、津城下町の都市デザインの工夫、ポタリングのモデルルート、そして季節ごとの楽しみ方までを丁寧に解説します。

津の城下町ポタリングとは:藤堂高虎が描いた都市デザインを自転車で辿る旅
津の城下町ポタリングとは、三重県津市の旧城下町エリアを自転車でゆったりと巡る、歴史と街歩きを融合させた旅のスタイルです。ポタリングは「ぽたぽたと走る」という語感のとおり、目的地を急がず、気になった路地に入り込み、見知らぬ看板の前で立ち止まる、自転車版の散歩のような旅を指します。
津市は伊勢湾の西岸に位置する三重県最大の都市で、人口は市域全体で約27万人を擁します。北を安濃川(塔世川)、南を岩田川という二本の川に挟まれた低地が市街地の中心で、この地理的条件を見抜いた藤堂高虎が、慶長13年(1608年)に入封してから本格的な城下町整備に着手しました。津の市街地は起伏がほとんどなく、走行距離8〜10キロメートル程度のモデルルートで主要な城下町スポットを巡れるため、自転車に乗り慣れていない人でも安心して楽しめます。
津の城下町が観光地として「派手さがない」と評されることがあるのは事実ですが、観光地化されすぎていないということは、城下町の静かな風情がそのまま残っているということでもあります。新幹線が通らない県庁所在地として全国的な知名度は控えめながら、伊勢神宮へのアクセス拠点として歴史的に栄えた町であり、かつての伊勢街道(参宮街道)が城下を通り抜けていた面影は、今も大門・丸之内地区の街区にしっかりと残っています。
藤堂高虎とは:津の城下町を築いた築城の名手
藤堂高虎とは、初代津藩主であり、津の城下町の骨格を作り上げた戦国から江戸初期にかけての名将です。1556年(弘治2年)、近江国犬上郡藤堂村(現在の滋賀県甲良町)に生まれ、身長およそ6尺2寸(約190センチ)という大柄な武将で、若いころから武勇に優れていました。
高虎は生涯に多くの主君に仕えたことで知られています。最初に仕えた浅井長政のもとで姉川の戦いに参加し、その後、豊臣秀長に300石で召し抱えられました。秀長のもとでは多くの合戦で戦功を重ね、主君の絶大な信頼を得ました。秀長の死後、しばらく高野山に入りますが、のちに豊臣秀吉に仕え、さらに時代の転換点ともなった関ヶ原の戦いでは東軍(徳川家康側)について戦いました。
1600年(慶長5年)、関ヶ原の戦いで東軍が勝利すると、高虎は大きく加増され、伊予今治20万石の大名となりました。そして1608年(慶長13年)、江戸城の築城など幕府の土木工事に貢献したことが認められ、伊勢・伊賀方面に加増移封され、初代津藩主となりました。石高は当初22万石、のちに32万石にのぼり、津市・一身田・上野(現在の伊賀市)など広大な領地を治めました。
藤堂高虎が徳川家康に重用された理由は、武勇だけではなく、築城や土木の才能、そして政治的な判断力を備えていたからです。外様大名でありながら、家康の臨終の床に立ち会うことを許された唯一の外様大名だったという逸話も残されています。1630年(寛永7年)、75歳でその濃厚な生涯を閉じました。
藤堂高虎の築城術:津城に活かされた革新的な技術
「築城の名手」と称される藤堂高虎が生涯で関わった城は、全国20城以上に及ぶとされます。その築城術には明確な特徴があり、それぞれが津の城下町にも活かされています。
第一の特徴は、高い石垣です。高虎の城は、当時としては革新的なほど高い石垣を用いることで知られ、城の防御力を石垣の高さで確保するという発想は、城内に入り込まれる前に撃退するという現実的な軍事思想を反映していました。
第二の特徴は、幅広の堀です。単に深い堀ではなく、幅を広く取ることで敵の接近を物理的に困難にしました。さらに「升形虎口(ますがたこぐち)」と呼ばれる城門の構造を積極的に採用し、敵が城内に侵入した際に動きを封じる工夫を施しました。
第三の特徴は、層塔型天守です。層塔型天守の考案者も高虎だとする説があり、それまで主流だった望楼型天守(屋根の上に小屋を重ねる様式)に対し、各階が整然と積み重なる層塔型は、視覚的な美しさだけでなく構造的な安定性も高い様式でした。
高虎が関わった主な城として、宇和島城(愛媛県)、今治城(愛媛県)、伊賀上野城(三重県)、篠山城(兵庫県)などが挙げられます。なかでも今治城は、三重の堀を瀬戸内海につないで海水を引き込んだ「海城」という大胆な設計で、直線的で反りのない高石垣、幅広の犬走り(石垣の途中に設けた通路)など、高虎の技術の粋が集められた名城として現在も高い評価を受けています。
高虎が作った津の城下町:軍事と商業を両立させた都市計画
慶長13年(1608年)に高虎が入封したとき、津の町は関ヶ原の戦いの傷跡が残るさびれた状態で、500軒ほどの粗末な家が建っているだけでした。高虎はこの荒廃した町を大規模に再整備しました。
まず城の改修に着手し、1611年(慶長16年)に北側の石垣をより高くし、北東・北西の二か所に三重の隅櫓を築いて防御力を高めました。今に残る津城の堂々たる石垣は、この時期の工事の遺構です。
都市計画においても、高虎は卓越した手腕を見せました。城を中心に武家屋敷を北・西・南の三方に集結させ、東側に町人地を置くという明快な都市構造を実現しました。この配置は今も津市の街区に反映されており、丸之内・高台エリアには旧武家地の痕跡が、大門・寺町方面には旧町人地の名残が見られます。
特筆すべき施策のひとつが、伊勢街道(参宮街道)の経路変更です。それまで城下の外れ、海岸近くを通っていた伊勢街道を、城下町の中を通るように引き込みました。これによりお伊勢参りの参拝者が城下を通過するようになり、宿屋・茶屋・商店が軒を連ね、町は大いに賑わいをみせるようになりました。観光と商業を連動させる発想は、現代の都市計画にも通じる先進的なものでした。
もう一つの施策が堀川の開削です。城の東側に堀川を掘ることで、水運の拠点を整備しました。物資の輸送が堀川を通じて行われるようになり、津は伊勢湾沿岸の物流の中心としての機能も担うようになりました。
高虎はまた、伊予今治から連れてきた職人・商人たちを岩田川の南に住まわせ、「伊予町」という新しい町人街を作りました。移住者たちのネットワークを活かして産業を育てようとした施策で、こうした取り組みの結果、津の町は富田氏の時代と比べて三倍の規模にまで成長したと伝えられています。
津城跡(お城公園):ポタリングの中心地
津の城下町ポタリングの中心となるのが、津城跡を整備した「お城公園」です。天守閣は現存しませんが、高虎が築いた石垣と堀は今もほぼ原形をとどめ、都市の中にある歴史の証人として存在感を放っています。
公園内には日本庭園と洋式庭園の二つが設けられており、季節ごとに異なる表情を見せます。春は石垣と桜の組み合わせが絶景で、多くの市民が花見に訪れます。梅雨の時期には紫陽花、秋には紅葉と、一年を通じて美しい姿を楽しめるのが特徴です。
お城公園の見どころのひとつが、藤堂高虎公の騎馬像です。威風堂々とした像は、津の町の礎を作った名将への敬意を今に伝えています。公園内には再建された隅櫓(角に設けられた防衛用の建物)もあり、城郭建築の雰囲気を残しています。また、津藩の藩学「有造館」の表門が移築保存されており、江戸時代の学問所の面影を感じさせます。
2017年4月6日には「続日本100名城」の一つに選定されました。天守がない「残念城」として捉えられることもありますが、石垣の質と規模、堀の保存状態は非常に優れており、城郭ファンにとって見応えのある遺跡です。アクセスは近鉄・JR津駅から徒歩約10〜15分、または路線バスで「三重会館前」下車すぐ、自転車ならば5分ほどで到着できます。
津市のポタリング事情:LUUPシェアサイクルが活躍
津市中心部でのポタリングに大きな変化をもたらしたのが、2024年8月26日から始まった電動マイクロモビリティのシェアリングサービス「LUUP(ループ)」です。LUUPとは、電動アシスト付き自転車と電動キックボードをスマートフォンのアプリで借りられるシェアサービスで、津駅東口・西口、津新町駅周辺、津なぎさまちなど市内15か所にポートが設けられました。
電動アシスト付き自転車は55台が配置されており、料金体系は最初の10分は200円(税込)、それ以降は1分15円(税込)となっています。このサービスが始まった背景には、大門・丸之内地区という津市の旧城下町エリアが、JR・近鉄の津駅から約800メートルほど離れており、徒歩では少し遠く、車では駐車場の確保が課題になるという状況がありました。LUUPの登場によって駅からのアクセスが格段に向上し、気軽に城下町を自転車で巡れるようになりました。
ポタリングのスタート地点として最もわかりやすいのは津駅東口です。ここにLUUPのポートがあり、自転車を借りてすぐに城下町へ向かえます。平坦な市街地なので、電動アシストがなくても普通の自転車で十分楽しめますが、LUUPの電動アシスト付き自転車なら汗をかかずに効率よく回れるのが大きなメリットです。
津市内ではLUUP以外にHELLO CYCLINGも利用可能で、観光案内所(津駅東口の三重交通総合観光センター)でも自転車の貸し出し情報を案内している場合があります。
津城下町ポタリングのおすすめモデルルート
津の城下町を自転車で半日かけて楽しむポタリングのモデルルートを、ステップごとに紹介します。全行程の走行距離はおよそ8〜10キロメートル、休憩・見学込みで4〜5時間が目安です。
スタートは津駅東口から。LUUPポートで自転車をレンタルし、真東に向かって大通りを進むと、5〜10分ほどで大門・丸之内地区に入ります。このあたりはかつての城下町の中心で、アーケード商店街の大門商店街があります。週末はイベントが開かれることも多く、地元の人々の活気が感じられるエリアです。
最初の目的地が津城跡(お城公園)です。大門商店街を抜けて少し北に進むと到着します。お城の東側に自転車を止め、徒歩で公園内を散策しましょう。高虎公の騎馬像、石垣と堀の眺め、日本庭園を30分ほどかけてゆっくり歩くのがおすすめです。春なら桜、秋なら紅葉がひときわ美しい風景を見せてくれます。
次に津観音(恵日山観音寺大宝院)へ向かいます。お城公園から南東に5分ほど自転車で走ると到着します。正式名称は「恵日山観音寺大宝院」で、真言宗醍醐派の別格本山です。和銅2年(709年)、伊勢の阿漕ヶ浦(あこぎがうら)の漁夫の網に聖観音立像がかかり、これを本尊として開山されたと伝わります。浅草観音(東京)・大須観音(名古屋)と並ぶ「日本三大観音」の一つで、境内には五重塔もあり、津の旧市街のシンボル的な存在となっています。
大門エリアで「天むす」を味わうのもポタリングらしい楽しみ方です。津観音の参道・大門エリアには、天むす発祥の店として名高い「めいふつ天むすの千寿」があります。天むすとは、小さなおにぎりの中に海老の天ぷらを入れた食べ物で、今では名古屋名物としても知られていますが、その元祖は津市大門の「千寿」です。昭和30年代、先代の女将が夫の昼食のおにぎりに海老天を入れたのが始まりとされます。5個入りのセットを購入してベンチでほおばるのも、ポタリングならではの楽しみです。ほかにもこのエリアには、藤堂高虎にちなんだ「高虎DOG」というホットドッグの専門店もあり、全63種類という豊富なメニューから好みの一品を選ぶ楽しさがあります。
続いて津偕楽公園へ。大門から北上すると、津偕楽公園に差し掛かります。この公園は、津藩第11代藩主・藤堂高猷(たかゆき)の別荘跡地を整備したもので、自然の丘陵を生かした日本庭園風の造りです。一周500メートルと小さいながら、小高い丘の上から津市街が見渡せます。春はソメイヨシノ約1000本が咲き誇り、県内屈指の桜の名所として知られています。LUUPの津偕楽公園ポートもあるので、ここを自転車交換の拠点にすることもできます。
体力と時間に余裕があれば高田本山専修寺へ足を延ばしましょう。お城公園から南西方向に3〜4キロほど走ると、一身田(いしんでん)エリアにある「高田本山専修寺(せんじゅじ)」に到着します。真宗高田派の本山であるこの寺院は、境内の広さが約2ヘクタール(東京ドーム約2個分)にのぼる壮大な寺院です。2017年11月には御影堂(みえいどう)と如来堂(にょらいどう)の2棟が三重県で初めて国宝に指定され、全国から参拝客が訪れるようになりました。境内は無料で参拝でき、静かな雰囲気の中に往時の浄土真宗の信仰の厚さが伝わってきます。一身田の町は専修寺の門前町として栄えた歴史があり、古い商家や寺内町(じないちょう)の街並みも残っています。
ゴール地点は、もと来た道を戻るか、岩田川に沿って北上し、津市街に帰着するルートです。途中で城下町の痕跡──旧街道の名残がある路地、古い商家の看板、寺社の石塔など──を目に留めながらゆったりと走ると、歴史の重層性が実感できます。
季節ごとの楽しみ方:いつポタリングするのが良い?
津の城下町ポタリングを楽しむのに、季節によって異なる魅力があります。以下に時期ごとの特徴をまとめました。
| 季節 | 時期の目安 | 主な見どころ |
|---|---|---|
| 梅の季節 | 2月下旬〜3月中旬 | 結城神社の枝垂れ梅約300本 |
| 春 | 3月下旬〜4月上旬 | 津城跡・津偕楽公園の桜 |
| 初夏 | 5月〜6月 | 新緑と紫陽花、快適な気温 |
| 夏 | 7月〜8月 | 早朝・夕方ライドが必須 |
| 秋 | 10月〜11月 | 紅葉と津まつり |
結城神社(ゆうきじんじゃ)は津市藤方にあり、南北朝時代の忠臣・結城宗広(むねひろ)を祀る神社です。境内にある約300本の枝垂れ梅は、毎年2月下旬から3月中旬にかけて「梅まつり」が開かれ、紅白の枝垂れ梅が咲き誇る様子は圧巻です。津城跡から自転車で約10分ほどの距離なので、梅の季節のポタリングコースに組み込むと彩りが加わります。
夏の三重県は気温が高く、日中のポタリングは体力的に厳しい場合があります。早朝か夕方のライドを基本とし、こまめに水分補給をしながら走ることが大切です。秋は空気が澄み渡り、視界が開けた快適なサイクリング日和となります。津城の石垣と紅葉のコントラストが特に美しい時期です。
津まつりと唐人踊り:高虎の子が始めた390年の祭礼
津の城下町を語るうえで、藤堂高虎の長男・二代藩主の藤堂高次が始めた「津まつり」も欠かせません。寛永12年(1635年)、高次は津八幡宮の氏神祭として祭礼を創始しました。以来約390年、津まつりは城下町の人々が守り継いできた秋の最大行事です。
祭礼のハイライトのひとつが「唐人踊り(からびとおどり)」です。1636年(寛永13年)に生まれたこの郷土芸能は、江戸時代に朝鮮から幕府へ派遣された使者の装束を模したもので、喜怒哀楽の面をつけ、黄・白・赤の上着に虎皮模様のズボン、笠とわらじという独特の衣装を身にまとった踊り手たちが、ラッパや笛、鉦・太鼓の囃子に合わせて城下を練り歩きます。1991年には三重県無形民俗文化財に指定されており、その異国情緒あふれる姿は、伊勢・志摩文化圏の中でも一際目を引く存在です。
現在の津まつりは毎年10月に開催され、神輿渡御神事や多数のパレード、屋台が城下一帯を賑わせます。ポタリングでこの時期に合わせて津を訪れれば、歴史と祭りの両方を楽しむことができます。
「伊勢は津でもつ」── 城下町の繁栄が生んだ言葉
藤堂高虎が入封してから数十年、二代・三代の藩主に受け継がれながら約90年をかけて、津の城下町は完成の域に近づきました。城下町として、また伊勢参りの宿場町として大いに繁栄した津の様子は、「伊勢は津でもつ、津は伊勢でもつ」という言葉に刻まれています。
伊勢神宮への参拝で賑わう街道は津を必ず通り、津の宿屋や商家はその恩恵を受けて潤い、逆に津という城下町の整備があったからこそ伊勢参りの旅路が安全で快適なものになりました。持ちつ持たれつの関係を端的に表したこの言葉から、高虎が伊勢街道を城下に引き込んだ決断がいかに大きな意味を持っていたかが見て取れます。
戦略的な軍事都市としての城下町づくりと、経済的な繁栄を生み出す商業都市としての整備──その両方を見事に両立させたのが藤堂高虎という人物の真骨頂でした。
城下町の防衛と寺町の配置:高虎の戦略的都市設計
藤堂高虎の城下町設計において見逃せないのが、寺院の戦略的な配置です。城下町の外縁部、特に東側の堀川の外側に寺院を集中させた「寺町」は、単に信仰の場としてではなく、有事の際の防衛の最前線として機能するよう計算されていました。
城壁や土塁の代わりに、土地の高さや堀川を利用しつつ、大きな屋根を持つ寺院建築が外敵の侵入を視覚的に抑止し、また実際の戦闘時には城兵が陣地として活用できる構造になっていました。現代の津市内でも、城下町の東側エリアに寺院が密集している地区が残っており、高虎の都市計画の面影を感じることができます。
伊予町については、今治から連れてきた職人・商人たちが築いた新興の町人街として、技術や商業ネットワークを持ち込みました。陶器職人・大工・鍛冶師など、城の築城や修繕に必要な技術者を地元に定着させることで、常時整備体制を整える意図もあったとされます。外から人材を呼び込み、その人材が根を張ることで町が育っていく──このサイクルは現代の地方創生と重なるものがあります。
津城下町ポタリングについてよくある疑問
津の城下町ポタリングを計画している人から寄せられる疑問について、いくつか整理しておきます。
ポタリングに必要な所要時間は、お城公園・津観音・大門エリアを中心に巡るコンパクトコースなら2〜3時間程度、津偕楽公園や高田本山専修寺まで含めた本格コースなら半日(4〜5時間)が目安です。走行距離はそれぞれ4〜5キロメートル、8〜10キロメートル程度となり、起伏がほとんどないため、運動不足の人でも無理なく走り切れる範囲です。
LUUPの利用方法については、スマートフォンに「LUUP」アプリ(iOS / Android対応)をインストールし、アカウント登録後、最寄りのポートで自転車をアンロックして利用開始となります。利用終了時は、設定ポートに返却します。料金は最初の10分が200円(税込)、それ以降は1分15円(税込)です。
津駅から城下町中心部までの距離は約800メートルあり、徒歩では少し遠く感じる距離ですが、自転車なら5分前後で到着できます。車で訪れる場合は、お城公園周辺や大門商店街近くにコインパーキングがあるものの、城下町の街路は細い路地も多いため、自転車での移動が圧倒的に快適です。
雨天時の対応については、LUUPの利用は可能ですが、安全面と歴史散策の楽しさを考えると、晴れた日のポタリングが断然おすすめです。雨の予報があれば、津駅前の屋根がある商店街や、津観音の境内などで雨宿りしながらコース調整するのも一つの方法です。
藤堂高虎が残したもの:現代の津へ受け継がれる都市デザイン
藤堂高虎が入封してから400年以上が経ちました。しかし、高虎が作り上げた城下町の基本骨格は現代の津市に継承されています。
城を中心とした街区の配置、伊勢街道(現在の国道23号線や旧街道筋に対応)を城下に引き込んだ商業エリア、安濃川と岩田川を天然の境界線として利用した市街地の構造──これらはいずれも高虎の都市計画の遺産です。
津の市民が「高虎さん」と親しみを込めて呼ぶ藤堂高虎は、市のキャラクターにも採用されており、市内各所で関連グッズや案内板を見かけます。お城公園の騎馬像は津市民にとって単なる観光スポットではなく、この町の父とも言える存在への敬意を示すシンボルです。
2023〜2025年にかけて、大門・丸之内地区では「エリアプラットフォーム(大門・丸之内 未来のまちづくり)」という官民連携の取り組みが進められ、城下町の歴史的価値を活かしながら新しい賑わいを生み出す試みが続きました。LUUPの導入もその一環であり、古い城下町が現代のモビリティと融合しながら再生しようとしています。
まとめ:自転車で感じる城下町の記憶
津市の城下町は、大きな観光地ではありません。派手なアトラクションも、整備されすぎた観光コースもないかわりに、藤堂高虎が400年以上前に描いたグランドデザインが今も生きているこの町には、自転車でゆっくりと走ることで初めて見えてくる風景があります。
石垣の苔、堀に反射する光、門前町の路地、参拝客が途切れない観音堂の静けさ──。それらは歴史の本の中ではなく、今も現役の日常風景として存在しています。
LUUPの電動アシスト自転車に乗って大門・丸之内の路地を走れば、かつて伊勢参りの旅人が歩いたのと同じ道を、風を切りながら辿ることができます。高虎公の騎馬像の前で自転車を止め、石垣を見上げると、築城の名手が作り上げたこの城下町の規模感がリアルに伝わってきます。
天むすを頬張り、国宝の堂塔を仰ぎ、桜や梅の下で一息つく。それが津の城下町ポタリングの本質です。知名度よりも実質、にぎやかさよりも深み──そういう旅を好む人に、津市のポタリングは必ず応えてくれます。
藤堂高虎が400年前に描いたグランドデザインの上を、現代の旅人が自転車でなぞっていく──それ自体が、時間を超えた対話なのかもしれません。津の城下町は、ポタリストたちをいつでも待っています。次の休日、ぜひLUUPの電動アシスト自転車を借りて、藤堂高虎の城下町を自分のペースで巡ってみてはいかがでしょうか。









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