岡山県北部に城下町を残す津山市は、津山城を中心に城西地区と城東地区という二つの重要伝統的建造物群保存地区(重伝建)を持ち、自転車でのんびり巡るポタリングに向いた土地です。美作国、略して作州の中心地として栄えたこのエリアは、平坦な道が多く、初心者でも無理なく回れます。作州の歴史的な背景から、城西・城東それぞれの重伝建としての見どころ、そして実際に自転車で津山の城下町をめぐるポタリングコースの組み立て方まで、順を追って紹介します。

津山城下町のポタリングは津山城と城西・城東の重伝建地区を結ぶ約14kmコースが基本です
津山駅を起点に津山城跡、城西地区、城東地区、津山まなびの鉄道館を結ぶ定番ルートは、全長がおよそ14キロメートルの平坦なコースとして紹介されています。交通量の少ない道が多いため、年齢を問わず安心して走れるという評判です。津山城のある鶴山そのものが小高い丘という程度の起伏に収まっており、自転車初心者や家族連れでも無理なく一周できます。
津山駅から津山城までは平坦な道が中心で、自転車ならおよそ10分で到着します。高石垣を見学したあと西へ下れば、旧出雲街道沿いの城西地区に入り、大隅神社や作州民芸館、西寺町の寺院群を巡れます。東へ向かえば城東地区に入り、なまこ壁の町家が続く町並みを走り抜けられます。津山城を挟んで東西に広がる城下町を自転車で結ぶことで、徒歩よりも広い範囲を、車よりもゆっくりとした速度で回りきれるのが、津山ポタリングの一番の利点です。
半日コースと日帰りコースは目的地の数で組み分けます
観光情報サイトで紹介されているモデルコースには、津山城(鶴山公園)、城東伝統的建造物群保存地区、作州城東屋敷、箕作阮甫旧宅、津山洋学資料館といった主要スポットを巡る日帰りコースと、4時間以内で歴史散策を楽しむ半日コースがあります。津山の市街地はコンパクトにまとまっているため、こうしたモデルコースを徒歩ではなく自転車でなぞるだけでも、余った時間を寄り道に回せます。午前中に津山城とつやま自然のふしぎ館を中心とした歴史スポットを巡り、午後は城西・城東の町並み散策とご当地グルメに時間を使うという配分も、自転車の機動力があってこそ組み立てやすいプランです。
レンタサイクルとシェアサイクルごんちゃりを使えば手ぶらで城下町を回れます
津山市内には観光客向けのレンタサイクルとシェアサイクルの両方が整っており、車を持たない旅行者でも気軽に城下町ポタリングを楽しめます。津山市観光協会は普通自転車20台と電動アシスト自転車7台を用意し、津山観光センター、津山駅観光案内所、城東観光案内所(和蘭堂)、津山まなびの鉄道館の4か所で貸し出しています。電動アシスト自転車は3時間単位のチケット制で、3時間を超えると1時間ごとに追加料金がかかり、1日の利用上限額も設定されているため、長時間かけてじっくり巡りたい人でも安心して使えます。城西地区と城東地区の両方を一日で回るなら、電動アシストタイプを選んでおくと坂道や長距離移動の負担を減らせます。
もう一つの選択肢が、津山市が展開する「つやまシェアサイクル ごんちゃり」です。市内各所にポートが設置されていて、好きなポートで借り、別のポートで返却できる乗り捨て型のスタイルが特徴です。津山駅から城下町まで移動してそのまま観光を始め、帰りは別のポートへ返却するといった使い方ができ、滞在時間が限られている旅行者に向いています。なお、作州民芸館に設置されていたポートは城西観光駐車場へ移設されており、ポートの配置は時期によって変わることがあるため、訪問前に津山観光WEBなど公式サイトで最新のポート位置を確認しておくと安心です。
| 項目 | 観光協会のレンタサイクル | つやまシェアサイクルごんちゃり |
|---|---|---|
| 特徴 | 普通自転車20台、電動アシスト自転車7台 | 市内各所にポートを持つ乗り捨て型 |
| 貸出場所 | 津山観光センターなど4か所 | 市内各ポート |
| 料金体系 | 電動アシストは3時間単位、超過は1時間ごとに加算、1日上限あり | ポートでの貸出・返却に応じた料金体系 |
| 向いている使い方 | 一日かけてじっくり巡る | 片道移動や短時間の乗り捨て |
作州は美濃国との混同を避けて美作国の作の字を取った略称です
津山を語るうえで欠かせないのが、「美作国(みまさかのくに)」という旧国名と、その略称である「作州(さくしゅう)」という呼び方です。美作国は和銅6年(713年)、備前国から英多郡・勝田郡・苫田郡・久米郡・大庭郡・真嶋郡という北部6郡が分立して誕生しました。律令制のもとで新たに設けられた国のひとつで、備前・備中・美作という「吉備三国」のうち、もっとも内陸に位置する山間の国でした。
「作州」という略称は、美作国の頭文字である「美」を使うと、同じく「美」を頭文字とする美濃国と紛らわしくなるため、二文字目の「作」の字を取って用いられるようになったとされます。津山市内には今も「作州民芸館」「作州城東屋敷」など、「作州」を冠する施設名が数多く残っており、地域のアイデンティティとして根付いていることがわかります。
森忠政は1603年に美作一国18万6,500石を与えられ津山藩を興しました
美作国の中心地としての津山の歴史が本格的に動き出すのは、江戸時代初頭です。関ヶ原の戦いのあと、備前・美作両国は小早川秀秋に与えられましたが、慶長7年(1602年)に秀秋が跡継ぎのないまま死去したため、翌慶長8年(1603年)、美作国一国18万6,500石が、信濃国川中島藩主だった森忠政に与えられました。これが津山藩の始まりです。
森忠政は、織田信長に仕えた森蘭丸の弟にあたる人物で、本能寺の変で兄たちを失った森家を継ぎ、川中島から美作へ移封されました。忠政は入国後、当時「鶴山」と呼ばれていた小高い丘に新たな城を築くことを決め、地名を「津山」と改めたうえで、城と城下町の建設に着手しました。これが津山城と津山城下町の始まりで、以後、津山は美作国の政治や経済、文化の中心地として発展していきます。
津山城は13年をかけて完成し明治7年から取り壊されました
森忠政が築いた津山城は、比高およそ45メートルの独立丘陵「鶴山」に築かれた平山城で、完成までに13年の歳月がかかったと伝えられています。本丸・二の丘・三の丘を持つ複郭式の縄張りで、五重の天守を備え、櫓の数は77棟にも及んだという、山陰・山陽地方でも屈指の規模を誇る城郭でした。築城当時は五層五階の大天守に70棟を超える櫓や門が立ち並び、その威容から「石の要塞」とも称されたといいます。
しかし1868年(慶応4年、明治元年)に明治政府が樹立されると津山城は廃城となり、1874年(明治7年)から取り壊しが始まって、天守や櫓、門などの建造物はことごとく解体されました。現在地上に残るのは石垣のみですが、平均して5メートルから10メートルほどの高さを持つ石垣がほぼ完全な形で幾重にも連なっており、この石垣群の価値の高さから津山城跡は国の史跡に指定され、日本100名城にも選ばれています。天守の南東側にあった備中櫓は、築城400年を記念する事業として復元され、平成17年(2005年)春から一般公開されており、畳敷きの御殿風の内部を持つ櫓建築として津山城の歴史的価値を具体的に体感できます。
鶴山公園は日本さくら名所100選にも選ばれる桜の名所で、園内にはおよそ1,000本のソメイヨシノなどが植えられています。春の開花期には夜間ライトアップも行われ、昼夜を問わず多くの観光客でにぎわいます。城跡の入り口には1963年開館の自然史博物館「つやま自然のふしぎ館」もあり、ホッキョクグマやミナミゾウアザラシ、コンドル、オオアリクイといった世界の野生動物の実物はく製をはじめ、化石や鉱石、貝類、昆虫類など約2万点を展示しています。目の前には津山城へ続く階段があり、無料の観光協会駐車場も隣接しているため、ポタリングの合間に立ち寄る休憩スポットとしても好都合です。
城西地区は2020年12月選定の重伝建で商家町と寺町が同じ地区に共存します
津山城の西側、旧出雲街道沿いに広がるのが「津山市城西伝統的建造物群保存地区」です。2020年(令和2年)12月23日に国の重要伝統的建造物群保存地区に選定された比較的新しい重伝建地区で、坪井町・宮脇町・西今町・茅町の出雲往来沿いおよび西寺町・小田中の一部を範囲としています。
この地区の大きな特徴は、江戸時代に城下町として整備された地割が今も良好に残っている点です。商家町と寺町という性格の異なる二つの町がひとつの保存地区内に共存しているのも、城西地区ならではの特色です。商家町エリアには、江戸時代から昭和中頃にかけて建てられた伝統的な町家建築群が軒を連ね、通りに沿って立ち上がる壁面と庇の高さの揃った軒線が、統一感のある町並み景観を作り出しています。西寺町は津山城下でも最大級の寺院集積地で、江戸時代には22もの寺院が軒を連ねていたとされ、現在もそのうち13の寺院が残っています。時代や宗派の異なる寺院建築が路地の奥に静かに佇む様子は、商家町とはまた違う落ち着いた雰囲気です。城西地区が「西の小京都」と称されるのは、武家屋敷や神社仏閣が旧出雲街道沿いに凝縮して残る、密度の濃い歴史的景観があるからです。
作州民芸館は旧土居銀行を改修した大正ロマン調の建物です
城西地区を代表する見どころのひとつが「作州民芸館」です。明治42年(1909年)に旧土居銀行の社屋として建てられた洋風建築を改修した施設で、大正ロマンを感じさせるルネサンス調の左右対称デザインが目を引きます。館内では津山市を中心に作州一円で作られてきた民芸品や郷土玩具を展示するほか、2階では城西地区の歴史を紹介する資料を見ることができ、地区散策の起点としても使いやすい建物です。
大隅神社と中山神社と徳守神社が城西の旧出雲街道沿いに並びます
神社仏閣では、大隅神社と中山神社、徳守神社の三社が特に重要です。大隅神社は奈良時代の和銅年間(707年から715年)より前の創建と伝わる古社で、1842年に造られた神輿は津山市の重要有形民俗文化財に指定されています。中山神社は和銅6年(713年)、美作国が備前国から分立した際に創建されたとも伝えられる美作国一宮で、本殿は「中山造」と呼ばれる独特の建築様式を持ち、国の重要文化財に指定されています。美作国そのものの成立と時期を同じくする神社として、歴史的な重みを持つ社です。
徳守神社の創祀は733年(天平5年)と伝わり、もとは現在の小田中の地に祀られていましたが、火災で社殿や宝物を焼失しました。1603年に美作国主として入封した森忠政が津山城を築くのに合わせて現在地へ遷座し、1604年(慶長9年)に津山城下の総鎮守となりました。現在の社殿は寛文4年(1664年)、2代藩主森長継が改築したもので、昭和31年に岡山県の重要文化財に指定されています。氏子域は津山市中心部の56町内におよぶ作州第一の大社で、秋祭りで巡幸する神輿は日本三大神輿のひとつに数えられるほどの規模です。
城東地区は2013年選定の重伝建で高瀬舟による物流拠点として栄えました
津山城の東側、こちらも旧出雲往来沿いに広がるのが「津山市城東伝統的建造物群保存地区」です。城西地区より一足早く、2013年(平成25年)に重要伝統的建造物群保存地区に選定されました。城下町としての機能に加え、吉井川の水運を担った高瀬舟による物資の集積地としても栄えた歴史を持ち、津山観光のメインストリートとしても知られています。
城東地区の町家は、おおむね幕末から昭和初期にかけて建てられたもので、つし二階建(低い中二階を持つ形式)を基本とし、なまこ壁や袖壁、虫籠窓(むしこまど)といった当時の意匠がそのまま残る建物が連続して並んでいます。壁面が道路際から立ち上がり、庇の軒先の高さが揃った町並みは、歩く人にも自転車で通り抜ける人にも、統一感のある景観として印象に残ります。見どころとしては、火の見櫓が象徴的な「作州城東屋敷」があり、一つひとつ名前の付いた小さな路地も今なお残っていて、路地を曲がるたびに城下町らしい発見がある散策エリアです。
城東むかし町家は2025年6月から閉館中で2026年11月ごろのリニューアルオープンが予定されています
江戸末期に建てられた大規模な町家「城東むかし町家(旧梶村家住宅)」も城東地区の見どころのひとつです。旧梶村家住宅は間口8間半、奥行7間という大規模な町家建築で、母屋は江戸時代末期、西側の部屋は明治時代、洋館を含む北側の2階建て部分は大正時代、蔵は昭和初期と、増改築を重ねながら各時代の生活様式が積み重なった珍しい建物です。2025年6月から当面の間閉館しており、2026年11月ごろに分散型ホテルなどへリニューアルオープンする予定と発表されているため、訪問前には最新の公開状況を確認しておくと安心です。
津山洋学資料館は箕作阮甫ら津山ゆかりの蘭学者の資料を展示します
城東地区にはもうひとつ、見逃せない施設があります。「津山洋学資料館」です。江戸時代に日本で初めて西洋医学の内科を紹介した宇田川玄随や、幕末に日米・日露外交で活躍した箕作阮甫(みつくりげんぽ)ら、津山ゆかりの蘭学者・洋学者に関する資料を展示しています。初版の『解体新書』や精巧な木製骨格模型(複製)などが並び、「人体にひそむ科学」「世界へひらく目」「日本の近代化と津山の洋学者たち」という3つのテーマ展示室を通じて、津山の洋学の歩みを時系列で学べます。建物自体も「津山洋学五峰」をモチーフに五角形を組み合わせた独特のデザインです。国指定史跡である箕作阮甫旧宅に隣接しており、城東むかし町家とあわせて巡れば、城東地区が育んだ学問と商いの歴史を立体的に理解できます。
出雲街道と吉井川の高瀬舟が城下町を陸と水の両面から支えました
津山の城下町を語るうえで、旧出雲街道と吉井川の高瀬舟の存在も欠かせません。出雲街道は、播磨国姫路を起点として出雲国松江に至る街道で、古代律令時代から美作国の中心地だった津山には、この街道の宿駅が置かれていました。出雲国からは出雲大社や美保神社への参詣路という意味合いも持ちながら、砂鉄や鉄製品、木綿、朝鮮人参、木蝋燭といった多様な産物が行き交う経済の大動脈としても機能しました。城西地区と城東地区がいずれもこの旧出雲街道沿いに形成されているのは、この街道の重要性を物語っています。
津山城下を流れる吉井川では、高瀬舟と呼ばれる木造の川舟を使った舟運が室町時代から発達しており、出雲地方と瀬戸内海、近畿地方とを結ぶ交通の要路として栄えました。江戸時代に津山城が築かれると、高瀬舟は津山藩にとって特権的な交通機関となり、年貢米を大坂の蔵屋敷へ運ぶための重要なインフラとして整備が進みました。吉井川沿いには舟宿や回漕問屋、土蔵が立ち並ぶ賑やかな一角が生まれ、「船頭町」という地名が今も残っています。城東地区が城下町であると同時に物資の集積地としても栄えた背景には、こうした高瀬舟による水運があります。陸路である出雲街道と水路である吉井川・高瀬舟という二つの物流網が交差する場所として津山を眺めると、単なる町並み鑑賞とは違った歴史の奥行きを感じられます。
津山まなびの鉄道館は国内2番目の規模を誇る扇形機関車庫が中心です
城下町ポタリングのルートに少し足を延ばして立ち寄りたいのが「津山まなびの鉄道館」です。津山駅から歩いて10分ほどの場所にあり、自転車ならさらに短時間でアクセスできます。館内の中心は、現存する扇形機関車庫としては国内2番目の規模を誇る「旧津山扇形機関車庫」で、転車台や蒸気機関車の動輪などがダイナミックに展示されています。国内でただ1台のみ製造された大馬力ディーゼル機関車「DE50-1」の保存機も見どころのひとつです。館内には岡山の鉄道の歴史を紹介する展示室や、鉄道のしくみを体験しながら学べるコーナー、津山の街並みを再現したジオラマ展示室、線路を眺めながら休憩できる広場も設けられています。無料駐車場もあるため、レンタサイクルの受け取り拠点のひとつである津山駅からのアクセスも良く、城下町散策の合間に立ち寄る休憩スポットとして活用しやすい施設です。
地域住民でつくる城西まちづくり協議会が季節ごとの町並みイベントを続けています
城西地区の町並みは、行政の指定だけで維持されているわけではありません。地元住民による「城西まちづくり協議会」が、重伝建地区としてのまちなみ保存や観光振興に日常的に取り組んでおり、野菜と魚の市、城西おかげめぐり、城西雛めぐり、宵祭り、納涼祭といった季節ごとのイベントを通じて町の賑わいづくりを続けています。ポタリングで城西地区を訪れる際に、こうした地域行事の開催時期と重なれば、普段とはひと味違う町並みの表情に出会えます。
一方で、伝統的な町家が多く残る城西地区では、空き家の増加も課題です。協議会には空き家に関する情報が集まりつつあるものの、活用希望者とのマッチングの仕組みづくりは道半ばとされ、津山市では地域おこし協力隊を募集するなど、歴史的な町並みを次の世代へどう引き継いでいくかという模索が続いています。ポタリングで町並みを楽しむ観光客の存在そのものが、こうした地域の取り組みを後押しする力になっています。
久米山方面のヒルクライムと片鉄ロマン街道の日生津山ルートが郊外への選択肢です
城下町の中だけでなく、より本格的なサイクリングを楽しみたい場合は、岡山県が公開している「美作国サイクリングマップ」も参考になります。このマップでは、津山城下町を出発点に久米地域方面へ抜ける中級者向けのヒルクライムコースや、廃線跡を利用した「片鉄ロマン街道」と吉井川を組み合わせ、日生から津山までを結ぶ73キロメートルの中級コース「日生津山ルート」など、津山を起点や経由地とした複数のサイクリングルートが紹介されています。城下町だけをのんびり巡るポタリングから、郊外まで足を延ばす本格的なサイクリングまで、体力や時間に応じてルートを選べるのが津山エリアの懐の深さです。
城下町の中だけを回るのであれば、津山城久米山ルートのように、津山城下町ならではの史跡や神社仏閣を巡りながら郊外の久米山方面へ向かう中級レベルのヒルクライムを組み合わせたコースも人気です。新緑や桜並木、紅葉など、季節によって異なる表情を楽しめる点も、繰り返し訪れたくなる理由のひとつです。
ポタリングの注意点は郊外ルートでの体力配分の1点です
津山城下町エリアは平坦な地形が多く、津山城のある鶴山そのものが小高い丘という程度の起伏に収まるため、自転車初心者や家族連れでも無理なく走行できます。津山駅を起点に、津山城跡と城東・城西の重伝建地区、津山まなびの鉄道館などを結ぶ定番ルートはおおむね14キロメートル程度の平坦なコースとして紹介されており、交通量の少ない道が多いことから、年齢を問わず安心して走れると評判です。
注意しておきたいのは、郊外の久米山方面や片鉄ロマン街道方面まで足を延ばす場合です。城下町エリアとは違って相応の体力と時間が必要になるため、電動アシスト自転車を選ぶか、走行計画に余裕を持たせておく必要があります。城下町の周遊だけで満足できるならこの点は気にしなくてよいですが、郊外ルートまで組み込むなら、往復にかかる時間を先に見積もっておくと安心です。
津山ホルモンうどんは市内50店舗以上で提供されるご当地グルメです
城下町を自転車で巡る楽しみのひとつが、道すがら立ち寄れるご当地グルメです。津山を代表するグルメといえば「津山ホルモンうどん」です。甘辛い味噌だれでホルモンともやし、うどんを一緒に鉄板で炒めた料理で、市内だけで50店舗以上が提供しているとされるほど、地域に深く根付いたソウルフードです。創業130年を迎える老舗食堂「橋野食堂」は、コシのあるうどんとシャキシャキのもやし、たっぷりのホルモン、自家製の味噌だれのバランスが評判の一軒で、JR東津山駅から徒歩圏内という立地の良さもあり、ポタリングの休憩ポイントとしても訪れやすい店です。
町家を改装したカフェも城下町エリアには点在しています。なかには、明治時代に銭湯として営業していた建物を2015年にコーヒースタンドとしてリノベーションした、レトロな雰囲気を楽しめる店もあります。歴史的な建物の中でひと息つきながら次に巡るスポットを地図で確認する、そんな時間の使い方も城下町ポタリングならではの魅力です。
津山駅からのアクセスは岡山駅からJR津山線でおよそ1時間から1時間30分です
津山市へのアクセスは、JR津山線・姫新線・因美線が乗り入れるJR津山駅が基点です。岡山駅からはJR津山線の特急または普通列車でおよそ1時間から1時間30分、中国自動車道・岡山自動車道を利用すれば岡山市内から車でおよそ1時間で到着します。津山駅前には観光案内所やレンタサイクルの貸出窓口も揃っており、到着後すぐにポタリングを始められます。
季節としては、桜が咲く3月下旬から4月上旬の津山さくらまつり期間、新緑がまぶしい5月、紅葉が美しい11月あたりが、城下町ポタリングにおすすめの時期です。さくらまつり期間中は鶴山公園の開園時間が7時30分から22時まで延長されるため、朝の澄んだ空気の中で石垣と桜を眺めながらのポタリングも楽しめます。
津山城下町ポタリングは石垣と重伝建の町並みと高瀬舟の歴史を一日で味わえるコースです
津山の城下町は、美作国、作州という地域の歴史的な厚みと、森忠政が築いた津山城、そして城西・城東という二つの重要伝統的建造物群保存地区が織りなす、密度の濃い歴史的景観を持つエリアです。津山城の高石垣を眺め、旧出雲街道沿いに残る商家町の町並みを抜け、西寺町の静かな寺院群や、美作国一宮である中山神社まで足を延ばす。こうした一連の体験を、徒歩よりも広い範囲で、車よりもゆっくりとした速度で味わえるのが、自転車によるポタリングの最大の利点です。
レンタサイクルやシェアサイクルのごんちゃりを使えば、車を持たない旅行者でも気軽に城下町巡りを始められ、電動アシスト自転車を選べば坂道の負担も軽減できます。体力と時間に余裕があれば、美作国サイクリングマップで紹介されている久米山方面のヒルクライムコースや、片鉄ロマン街道を活用した日生津山ルートなど、郊外まで足を延ばした本格的なサイクリングに挑戦することもできます。津山ホルモンうどんに代表されるご当地グルメや、町家をリノベーションしたレトロなカフェも道中に点在しており、歴史散策とグルメ、そして自転車ならではの爽快感を一度に味わえるのが、岡山県津山市の城下町ポタリングです。








