群馬県桐生市の本町通りは、天正19年(1591年)に町立てされた桐生新町の中心を貫く道で、織物問屋だった蔵や町家、ノコギリ屋根の工場が今も建ち並んでいます。自転車でのんびり走るポタリングなら、徒歩よりも広い範囲を、車よりゆったりしたペースで回れます。この記事では、本町通りの歴史とノコギリ屋根工場の見どころ、桐生でのポタリング環境について、できるだけ具体的に紹介します。

桐生新町の町立てから430年、本町通りの区割りは今も残る
本町通りの道筋は、430年以上前の都市計画がそのまま生きている珍しい例です。桐生新町は天正19年、徳川家康の代官だった大久保長安の手代、大野八右衛門によって町立てされました。旧桐生領の総鎮守だった天満宮を現在地に遷座し、そこを基点として南へ一直線に道が引かれ、これが本町通りになりました。
当時の敷地割りは、間口6〜7間、奥行き約40間という短冊状の区割りで、この地割りは現在も本町通り沿いにほぼそのまま残っています。町立て当初から織物の生産が行われ、江戸時代を通じて絹織物業を中心に発展し、明治以降の近代化・機械化を経て、大正から昭和にかけて桐生織の一大産地としての地位を固めました。ポタリングで本町通りを走るというのは、江戸時代初期の町区画をなぞって走るということでもあります。桐生新町は在郷町、つまり城下町ではなく在方に立てられた商業の町として発展した点も特徴です。間口が狭く奥行きが深い短冊状の敷地は、通りに面した部分を店舗にし、奥に工場や住居、倉庫を配置する使い方に向いていました。この敷地の使い方こそが、のちにノコギリ屋根工場を奥に構える桐生特有の建物配置につながっています。
桐生天満宮の遷座が本町通りの起点を決めた
本町通りの北側の起点は桐生天満宮です。この神社の創建は景行天皇の御代、71年から130年頃と伝わり、上毛野国造だった御諸別王が天穂日命の分霊を勧請して祠を建てたのが始まりとされています。当初は磯部の岡という場所にあり、磯部明神と呼ばれていたそうです。
観応年間、1350年頃には京都の北野天満宮から菅原道真公の神霊を勧請合祀し、桐生天満宮と改称しました。現在も菅原道真公を祀り、関東五大天神の一社に数えられています。天正19年の桐生新町町立てにあたって天満宮は久方村梅原から現在地の赤城の森へ遷座し、荒戸新町、のちの桐生新町の起点となりました。つまり本町通りという一本道は、天満宮の遷座と同時に計画された道です。境内周辺も桐生新町重要伝統的建造物群保存地区に含まれているので、ポタリングの起点や終点にするとルートの意味が分かりやすくなります。
本町一・二丁目は2012年に国の重伝建地区に選定された
本町一丁目・二丁目とその周辺は、2012年に国の重要伝統的建造物群保存地区に選定されました。全国で94番目、関東地方では5番目、群馬県内では2番目の選定で、桐生の町並みの価値が国のレベルで認められたことになります。
この地区の特徴は、時代の異なる建物が一つの通り沿いに混在している点です。土蔵造りの店舗、白磁タイルを貼ったモダンな事務所建築、煉瓦造りの倉庫、織物生産用のノコギリ屋根工場まで、江戸後期から明治、大正、昭和初期までの建築様式が並んでいます。他の重伝建地区と比べても、この時代の幅広さは珍しいそうです。かつて商家や織物問屋として使われていた建物の多くは、今はカフェやギャラリー、雑貨店に姿を変えていますが、外観の意匠や構造はできる限り保存されています。ポタリングで走ると、新旧が入り混じった景観が次々に目に入ってきます。
ノコギリ屋根工場は桐生市内に200棟以上、国内最多
桐生の町並みを特徴づけているのはノコギリ屋根の工場建築です。屋根の断面がノコギリの歯のようにギザギザした形状で、片流れの屋根を連続させ、北側に高窓を設ける構造になっています。北向きの窓からは直射日光が入らず、一日を通じて安定した光が入るため、生地の色合いを正確に確認する必要がある織物業には理想的な採光でした。
桐生市内にはこのノコギリ屋根工場が200棟以上残っており、この数は国内最多です。木造のもの、大谷石を使った重厚なもの、赤煉瓦造りのものなど構造材によって表情が違い、大正期の赤煉瓦造りの中には国の登録有形文化財に指定されている建物もあります。木造は初期に建てられたものが多く、大谷石や赤煉瓦は資金力のある織物問屋が近代化とともに建て替えた例が多いようで、建物の材質を見ていくだけでも、その工場がどの時代に栄えたかがおおよそ分かります。工場としての役目を終えた建物は、ベーカリーやギャラリー、和菓子店などに転用され、桐生市も市のホームページでノコギリ屋根工場の一覧を公開して保存と活用を後押ししています。
桐生織は奈良時代の絁納入から1300年続く産地
桐生の織物の歴史は奈良時代まで遡ります。『続日本紀』には、和銅6年(713年)に上野国の税として絁を納めることが定められ、翌和銅7年に実際に納められたという記録があり、この時点で朝廷に献上できる水準の織物生産が桐生地域で行われていたことになります。
桐生織が飛躍的に発展したのは18世紀中頃、京都から高機という織機が移入されたことがきっかけでした。生産効率と技術水準が上がり、桐生は絹織物の一大産地として全国的な地位を確立していきます。桐生新町の町立てから150年余りを経て高機が入ってきたわけで、町の骨格が先に整い、そのあとで産業が飛躍したという順序になります。桐生織には御召織、緯錦織、経錦織、風通織、浮経織、経絣紋織、綟り織という7つの技法があり、紋織物やしぼ織物など多様な織物を生産してきました。桐生織物協同組合の前身、桐生織物同業組合の事務所として1934年10月に建てられた建物は、今は桐生織物記念館として使われており、桐生織の技法や歴史をより詳しく知りたい人にはおすすめの立ち寄り先です。桐生織物協同組合は2008年に地域団体商標「桐生織」を取得しています。御召織や経錦織のように緯糸と経糸のどちらを主体にするかで技法が分かれている点も桐生織らしさで、一つの産地で7つもの技法を使い分けてきたこと自体が、桐生が単一の織物に頼らず幅広い需要に応えてきた証だと言えます。本町通り周辺の織物問屋は、こうした多様な技法の生地を仕入れ、江戸や京都へ卸す商いを担っていました。
有鄰館は醸造蔵11棟のうち5棟をイベントスペースに開放
本町通り周辺で外せない立ち寄り先が有鄰館です。もともと酒、味噌、醬油の醸造を手がけていた商家の倉庫群で、煉瓦造り、木造、土蔵造りの建物11棟から構成され、江戸時代から昭和時代にかけて建てられました。桐生市の重要文化財に指定されており、現在は5棟がイベントスペースとしてコンサートや展示会、マーケットの舞台になっています。所在地は桐生市本町1-5-5、開館時間は10時から16時で入館は無料です。休館日は訪問前に最新情報を確認したほうがいいでしょう。
本町通り周辺には、織物問屋の蔵、醸造業の倉庫群、ノコギリ屋根工場と、織物業だけでなく桐生の商業や産業全体の歴史を物語る建築が集まっています。自転車でゆっくり巡ると、徒歩では見落としがちな細部まで観察できるのが、ポタリングという移動手段の強みです。
レンタサイクル7カ所とサイクルトレインでポタリングは身軽になる
桐生市は町並みの魅力を体感してもらうため、サイクリングを後押ししています。市内には7カ所のレンタサイクルステーションがあり、電動アシスト自転車や普通の自転車を借りられます。鉄道や車で桐生駅まで来て、駅周辺で自転車を借りて本町通り周辺をポタリングするというスタイルが取りやすい環境です。じゃらんnetなどの旅行情報サイトでも桐生駅周辺のレンタサイクル店舗がランキングで紹介されており、観光客からの需要はそれなりに高いようです。本町通り周辺は道幅が比較的落ち着いていて、歴史的な町並みを眺めながら自転車を走らせやすい環境になっています。
より広域のサイクリングルートとしては、渡良瀬川沿いに整備された渡良瀬川サイクリングロード、桐生足利藤岡自転車道があります。桐生市から足利市方面へ続き、日本最古の学校遺産とされる足利学校も沿線にあるため、歴史探訪と組み合わせたコースとして知られています。上毛電気鉄道のサイクルトレインを使えば、自転車を列車にそのまま持ち込めるので、行きは電車で帰りは自転車、あるいはその逆といった柔軟な行程も組めます。桐生市に隣接するみどり市と合わせた周遊コースも紹介されているので、体力や時間に応じてポタリングの範囲を調整しやすくなります。
まちなか交流館は2024年7月開館、間士家住宅を公開
本町通り周辺のポタリングで新しく立ち寄り先に加わったのが、2024年7月9日に開館した桐生市重伝建地区公開活用施設、通称まちなか交流館です。桐生新町重要伝統的建造物群保存地区の拠点施設として整備され、所在地は桐生市本町1-7-4になります。
建物はもともと間士家住宅と呼ばれる建物で、明治初期に建てられた瓦葺き木造2階建て、延床面積324平方メートルです。店舗、工場、住居、倉庫が一体になった、桐生新町の織物業者に典型的な住居形態を今に伝えていて、桐生の織物業の繁栄を物語る建物として位置づけられています。使いながら見せる建物というコンセプトで運営されており、訪問者は建物の外観や庭、内部空間だけでなく、修理の手法まで見学できます。座敷や奥座敷、会議室、多目的な広場など貸し出し可能なスペースもあります。開館時間は午前9時から午後5時まで、入館は午後4時30分までで無料です。休館日は火曜日、祝日の翌日、年末年始などで、こちらも訪問前に最新情報を確認しておくと安心です。
本町通りポタリングは西桐生駅から天満宮を目指すルートが定番
本町通りを中心としたポタリングでは、桐生駅か西桐生駅を起点にすることが多いです。西桐生駅は上毛電気鉄道の駅で、レトロな洋風建築の駅舎自体が観光スポットになっています。西桐生駅から本町通りに入り、天満宮を目指して北上する、あるいは天満宮から南下する形で走ると、江戸時代の町立て以来の道筋をそのままなぞれます。
本町通り沿いには土蔵造りの店舗、煉瓦倉庫、ノコギリ屋根工場を転用した店舗が点在していて、途中で自転車を止めて有鄰館などに立ち寄れます。道幅はそれほど広くないので、車の往来に注意しながらゆっくり走るのが基本です。ポタリングという言葉自体、競技的なスピードを求めるサイクリングとは違い、のんびり町の風景を楽しみながら移動することを指すので、本町通りのような歴史的町並みには合っている走り方だと思います。少し足を延ばせば、桐生が岡動物園や桐生が岡遊園地といったファミリー向けスポット、渡良瀬川沿いのサイクリングロードにもアクセスできます。渡良瀬川の中流には山の形をイメージした「はねたき橋」があり、そこから関東の耶馬溪と称される高津戸峡を一望できます。
ベーカリーカフェ「レンガ」は大正9年築のノコギリ屋根工場
ノコギリ屋根工場の活用事例としてよく知られているのが、赤煉瓦造りの工場を転用したベーカリーカフェ「レンガ」です。大正9年、1920年に建てられたレンガ造りのノコギリ屋根工場で、平成20年、2008年にベーカリーカフェとしてオープンしました。大正期の建物は国の登録有形文化財に指定されているケースもあり、この「レンガ」もそうした産業遺産の再生事例の一つです。
ノコギリ屋根の構造は、屋根をギザギザにして北側の天窓から太陽光を取り入れ、工場内に一日を通じて安定した明かりをもたらす仕組みでした。この採光は、パンを焼く工房やカフェ空間としても魅力的な効果を生んでいて、当時の織物工場の構造がそのまま現代の店舗の個性になっています。ノコギリ屋根の建物の中には、パン屋やカフェの営業に加えて絹の手織り体験ができる施設もあります。パンやコーヒーを楽しみながら同じ建物内で桐生の織物文化に触れられるわけで、食と工芸体験を組み合わせた観光の形が生まれています。工場としての役割を終えた建物は、カフェ、ベーカリー、ギャラリー、雑貨店、宿泊施設などに転用されており、経済産業省関東経済産業局の調査報告書でも、ノコギリ屋根工場群をまちづくりの資源として活用していく方向性が示されています。
日本遺産「かかあ天下」は桐生の機織り女性たちの物語
桐生の織物産業を語るうえで欠かせないのが、女性たちの働きです。2015年4月24日、文化庁は全国18件の日本遺産の一つとして「かかあ天下-ぐんまの絹物語-」を認定しました。桐生市に加え、群馬県内の甘楽町、中之条町、片品村の4市町村が連携して申請したストーリーで、13件の構成文化財が対象になっています。
「かかあ天下」は、もともとよく働き家族を支える女性を指す言葉です。上州の絹産業が盛んな地域では、女性たちが養蚕、製糸、機織りに精力的に取り組み、一家の生計を支えてきました。そうした働き者の女性たちを称え、俺のかかあは天下一だという誇りの言葉として定着したと伝えられています。桐生は江戸時代から「西の西陣、東の桐生」と称される高品質な絹織物の産地として、周辺の村々から集まった機織り職人たちに支えられて発展しました。この歴史は現代にも引き継がれていて、桐生の機織りのまちには、今も熟練した女性の技術者が活躍する工場が残っています。本町通り周辺をポタリングで巡るときにこの物語を思い出すと、古い建物の集積が、女性たちの労働と誇りが刻まれた産業景観として見えてきます。
桐生八木節まつりは8月開催、本町通りも祭りの舞台になる
本町通りをはじめとする桐生市内の通りは、夏になると桐生八木節まつりの舞台になります。8月の第1金曜日から日曜日までの3日間開催され、群馬県内でも最大級、両毛線沿線地域全体で見ても最大規模の夏祭りとされ、50万人を超える人出で賑わうそうです。
祭りのルーツは1656年に記録が残る桐生祇園祭で、地域で最も古い祭りの一つです。明治時代の神仏分離令で八坂神社の祭礼として改称され、1964年に桐生まつりとして統合、1988年からは全日本八木節競演大会が加わり、現在の桐生八木節まつりという形になりました。期間中は桐生祇園祭の神輿渡御に加え、八木節のメロディに合わせてオリジナルの振り付けで踊るダンス八木節が行われます。織物のまちらしい催しとして、桐生織物メチャクチャ市、桐生繊維産地謝恩セールも開催され、桐生の織物製品が市価よりかなり安く一堂に集められます。祭りの時期に本町通りをポタリングで訪れると、いつもの町並み散策とは違う賑わいの中で織物文化と祭り文化の両方を体感できます。ただし交通規制や人出の増加で自転車の走行に制約が出る可能性があるので、事前に最新の開催情報と規制区域を確認しておくべきです。1656年という祭りの起源の古さは、本町通りが商業と信仰の両方の中心地として長く機能してきたことの裏付けでもあります。町立てから60年ほどで祭礼が記録に残るほど地域に定着していたわけで、織物の商いと祭りの賑わいは、桐生新町の初期から並走してきた歴史だと考えられます。
ポタリングで回る主な立ち寄り先
本町通り周辺でポタリングの立ち寄り先を選ぶときの目安として、主な施設をまとめておきます。
| 施設名 | 特徴 | 入館料 |
|---|---|---|
| 桐生天満宮 | 本町通りの起点、関東五大天神の一社 | 境内は無料 |
| 有鄰館 | 醸造蔵11棟、5棟をイベントスペースに活用 | 無料 |
| まちなか交流館 | 明治初期の間士家住宅を公開、2024年7月開館 | 無料 |
| 桐生織物記念館 | 1934年築、旧織物同業組合事務所 | 施設により異なる |
| ベーカリーカフェ「レンガ」 | 大正9年築のノコギリ屋根工場を転用 | 飲食利用 |
この5カ所を軸にすれば、天満宮から南へ本町通りを走るだけで、江戸時代の町立てから昭和の産業発展、令和の施設整備まで一通り体感できるルートが組めます。
桐生市の本町通りは、天正19年の桐生新町町立てから続く道筋の上に、江戸から昭和にかけての建築と1300年続く織物産業の記憶が積み重なった通りです。国内最多とされる200棟以上のノコギリ屋根工場、2012年選定の重要伝統的建造物群保存地区、2024年開館のまちなか交流館まで、時代の異なる要素が一本の道に集まっています。桐生市が用意する7カ所のレンタサイクルステーションと上毛電気鉄道のサイクルトレインを使えば、初めて訪れる人でも本町通り周辺の町並みを気軽にめぐれます。天満宮を起点に有鄰館やノコギリ屋根を転用した店舗を回るポタリングは、織物のまち桐生の歴史を歩くよりも速く、車よりもじっくり見て回れる、ちょうどいい速度の観光の形だと言えます。








