村田町の蔵の町並みをポタリングで巡る、宮城県初の保存地区7.4ha

当ページのリンクには広告が含まれています。

宮城県柴田郡村田町の中心部は、土蔵造りの店と門が通りに沿って交互に建つ一角で、自転車でゆっくり巡るのにちょうどよい広さです。2014年(平成26年)には、宮城県で初めて国の重要伝統的建造物群保存地区に選ばれました。「みちのくの小京都」という呼び名も、この町並みに付けられたものです。

ポタリングは、気になった建物や店に寄りながら、自転車でぶらぶら走る楽しみ方です。

目次

村田町の蔵の町並みは約7.4ヘクタール、自転車なら短時間で一周できます

保存地区は、ゆっくり走っても短い時間で回りきれる規模で、寄り道を重ねるポタリングにちょうどよい広さです。

ポタリングは自転車でいちばん気楽な走り方

ポタリングは、サイクリングと呼ばれる自転車の楽しみ方全体のうち、もっとも肩の力を抜いたスタイルです。何キロ走る、時速何キロで走る、といった決まりはありません。頑張りすぎない程度にとどめるのが目安です。

距離を稼ぐことや遠出を目的とするサイクリングと違い、街並みや店先を眺めながら、どこへ向かうかも決めずに走ります。言葉のもとは英語の「potter」で、ぶらつくという意味です。1950年代に生まれた言葉とされています。

自転車の種類も問いません。ママチャリでも、ミニベロでもかまいません。

店と門が交互に並ぶ短冊形の敷地

村田町の町並みでまず目に入るのは、通りに面して店と門が一組ずつ並ぶ景色です。敷地は細長い短冊の形に区切られていて、道路側の北寄りに店、その南隣に門を建てる配置になっています。

店は重厚な土蔵造りが多く、ほとんどが二階建てです。店は商いだけに使う建物で、家族が暮らす主屋は別に建てられました。主屋は平屋か二階建てです。通りの側に店を構え、その奥に住まいと土蔵群を置く造りから、商いで栄えた町の姿が今も読み取れます。

宮城県初の重要伝統的建造物群保存地区に選ばれた範囲

保存地区は、正式には「村田町村田伝統的建造物群保存地区」といいます。範囲は村田町大字村田字町の一部で、広さは約7.4ヘクタールあります。2014年9月18日に官報で告示され、宮城県の中で初めての重要伝統的建造物群保存地区になりました。保存計画は同じ年の11月21日に改正の告示が出ています。

重要伝統的建造物群保存地区は、城下町や宿場町、門前町など、歴史ある集落や町並みを守るための国の制度で選ばれた地区です。1975年(昭和50年)に文化財保護法が改正され、この仕組みができました。

まず市町村が、伝統的建造物群と、それと一体になって価値をつくる周りの環境を守る地区を定めます(文化財保護法第142条)。地区を定めた市町村は、保存条例をもとに保存活用計画を作ります。そのうち、国にとって特に価値が高いものを、市町村の申し出を受けて文部科学大臣が選んだものが、重要伝統的建造物群保存地区です(同法第144条)。

文化庁が公表した2026年(令和8年)9月4日時点の数字では、全国で選ばれた重要伝統的建造物群保存地区は130地区あり、107の市町村に広がっています。面積を合わせると約4,072.0ヘクタールになり、伝統的建造物と環境物件をあわせた約30,770件が特定され、保護の対象になっています。

大河原駅からバスで約20分、車なら村田ICから約2分で着きます

電車で行くなら、最寄り駅はJR東北本線の大河原駅です。駅からミヤコーバスの村田・川崎行きに乗り、約20分で村田中央に着きます。バス停を降りれば、目の前がもう町並みです。

車なら、東北自動車道の村田ICを出て約2分で着きます。村田町地域産業推進課の中にある村田町観光物産協会は、じゃらんのレンタサイクル一覧に名前が載っています。

走り出す前に寄るならYAMANI遊客中心と道の駅村田

町並みに着いたら、最初に観光案内所へ寄ると見どころの場所がつかめます。YAMANI遊客中心は、もともと店蔵だった建物を改装した観光案内所で、町歩きの起点として使えます。

町の富豪が住んでいた邸宅を公開したYAMASHO紀念館など、中に入れる施設もいくつかあり、入場料のかからない施設が多くなっています。

道の駅村田は休憩と補給にちょうどよい拠点

村田ICのそばにある道の駅村田は、蔵の形をモチーフにした物産交流センターです。朝に採った野菜や、そらまめ大福が並びます。地元で育てた野菜の直売のほか、近くの町の特産品も展示して売っています。

レストランでは、そらまめを使ったうどんが食べられます。走る前の腹ごしらえにも、走り終えてからのひと休みにも向く施設です。

項目内容
所在地宮城県柴田郡村田町村田北塩内41
営業時間9時から17時
レストラン11時から16時30分
行き方村田ICを出てすぐの信号のある交差点を右に曲がり、すぐ左手

同じ敷地の村田町歴史みらい館で村田城跡を知る

道の駅村田の敷地内には、村田町歴史みらい館が建っています。入館は無料で、展示室では村田城跡にかかわる展示を見られます。城山公園も近くにあるので、町並みを走る前に予習し、走った後に答え合わせをする使い方ができます。

国の重要文化財の旧大沼家住宅は、蔵の町並みを代表する建物です

旧大沼家住宅は、「村田商人やましょう記念館」の名前で公開されています。入館は有料です。

2018年(平成30年)8月、土蔵造りの店をはじめとする10棟の建物と土地を、国が重要文化財に指定しました。この大沼家は、江戸時代までは紅花を扱う商人として、明治以降は味噌と醤油を作って売る商売で財を築いた家です。店の前に表門を並べ、奥に土蔵群を連ねた屋敷の構えに、この家の特徴があります。

重要文化財とは、文化財保護法にもとづき、有形文化財の中でも重要なものとして文部科学大臣が指定し、官報で告示したものです。建造物と美術工芸品の二つに分かれます。国宝は、重要文化財のうち、世界の文化から見ても価値が高く、比べるもののない国民の宝として指定されたものです。

建造物の重要文化財は、江戸時代以前の建物がおよそ9割を占めます。残りの約1割は、明治以降に建てられた住まいや学校、文化施設、産業の施設などです。指定された建物の形を変えたり、保存に影響する工事をしたりするには、文化庁長官の許可が要ります(文化財保護法第43条)。

土蔵造りと店蔵の見分け方

土蔵造りは、木で組んだ骨組みの外側を、厚さ20〜30センチメートルほどの土の壁で包み、白か黒の漆喰で平らに塗り上げた、火に強い建て方です。

木造の家は燃えやすかったため、大事な品を火から守る倉庫として広まりました。屋根は瓦で葺くのが基本で、雨で漆喰が傷まないよう、外にもう一枚の覆い屋根を掛けた例もあります。白漆喰には、火を防ぐ働きのほかに、湿気を調える、においを抑えるといった役目もあるとされます。

いつ始まったかははっきりしませんが、中世には町屋と並んで建っていたようです。江戸時代に入ると、火事や盗みへの備えとして広がり、豊かな家の証にもなりました。

店蔵は見世蔵とも書き、商売の店と倉庫を一つの建物で兼ねた形です。店の正面には引戸が付いていて、火事のときや夜の防犯のために閉めていました。

村田の蔵と門は紅花の商いで財を築いた商人たちが残しました

町並みの土台にあるのは、紅花の集まる商業の町として蓄えた富です。江戸時代の村田は、上方や江戸と取引をする紅花の集散地でした。明治に入ると繭が集まる町になり、その後も仙南地域の商業地として発展を続けます。仙南地域は宮城県南部の2市7町で、白石市と角田市、蔵王町、七ヶ宿町、大河原町、村田町、柴田町、川崎町、丸森町が含まれます。

村田は仙台方面と山形方面をつなぐ交通の要所にあり、江戸時代は仙台藩の領地でした。紅花の取引は、18世紀のはじめにはもう行われていたようです。

江戸時代の後期になると、京都や大阪、江戸との紅花の商いで村田の商人は大きく栄えます。商人たちは京都で紅花などを売って得たお金で、上方の品物を買い込んで、帰りの荷としてたくさん持ち帰ったと伝えられています。

紅花の取引がなくなったのは、化学染料が広まったためです。明治15年頃には、村田で紅花が扱われなくなったとされます。

紅花は笹谷峠を越え、最上川を下って酒田から北前船で運ばれました

紅花は村田から笹谷峠を越えて山形の大石田へ出て、そこで船に積み替えて最上川を下ります。酒田の港からは、北前船で運ばれたと説明されています。

笹谷峠を越える笹谷街道は、仙台市と山形市を結ぶ道です。峠の高さは906メートル、街道の長さは約66キロメートルとされています。昔から東と西の品物が行き交う道としてにぎわいましたが、国道48号線やJR仙山線、蔵王道路、東北横断自動車道が通じてからは、行き来する人が減りました。

紅花は金より高いとされた染料の原料でした

江戸時代、山形の紅花は品質でも量でも日本一とされ、「最上紅花」の名で全国に知られていました。京都へ運ばれて染料などになり、金より高く取引されたという話も残っています。

紅花の花びらは黄色で、そのままでは赤い色が出ません。まず水にさらして黄色い色素を落とし、酸化と発酵をさせてから丸めて干し、「紅餅」にして初めて染料になります。紅餅がさかんに作られていた頃は、お金と同じ価値があったとされます。

この作り方は室町時代の末から約450年、ほとんど変わらずに受け継がれてきたそうです。明治に化学染料が広まると栽培は下火になりましたが、その後に紅花を取り戻す動きが始まり、山形県内の各地で再び育てられるようになりました。

北前船は「動く総合商社」と呼ばれた日本海の船

北前船は、主に買積みで商いをした北国廻船の呼び名で、江戸時代から明治にかけて日本海を行き来しました。買積みとは、荷主から品物を預かって運ぶのではなく、船の持ち主が自分で品物を買い付け、売ってもうけを出すやり方です。

日本海沿岸の港を出て下関を回り、大坂へ向かう航路をとり、西廻り航路の呼び名でも知られています。のちに蝦夷地まで航路が延びました。「北前」は、上方から見た北陸など日本海側の土地を指す言葉です。北の国の品を運んでくる船なので、北前船と呼ばれるようになりました。寄った港で仕入れたさまざまな品を、別の港で売りさばくことから、「動く総合商社」とたとえられることもあります。

宮城の蔵の町が一年でいちばんにぎわうのは10月です

毎年10月には、村田町の町並みで二つの催しが開かれます。

一つは「みやぎ村田町蔵の陶器市」です。宮城県の内外から窯元が集まります。店蔵を今に生かして町に活気をもたらそうと、町の有志が働きかけて始まったとされています。

もう一つは「蔵の町むらた布袋まつり」です。豊作を祝う大きな布袋様の像を載せた山車が、笛と太鼓に合わせて町の中を練り歩きます。この山車の行列が出る日は、町並みが一年でいちばんにぎわう日とされています。

3月は商家や蔵に雛人形が並ぶ雛めぐり

春先の3月には、「むらた町家の雛めぐり」が行われます。村田町家雛祭とも呼ばれ、町の商家や蔵に雛人形が飾られます。京都との取引を通じてひな祭りの文化が伝わり、根付いた町らしい行事で、この時期も町はいつも以上ににぎわいます。

村田町を自転車で巡るなら春のそら豆と8月の味来が楽しみになります

春にはそら豆が旬を迎えます。

夏から秋にかけては、とうもろこしの「味来」が出回ります。生のままかじれるほど甘く皮もやわらかい村田町の特産品で、フルーツコーンとも呼ばれて人気があります。町は、8月がいちばんおいしい時期だと案内しています。

ただ、味来は日持ちがせず、とってから売るまでの時間に限りがあります。村田町産のそらまめととうもろこしは、求める声に生産が追いついていないと宮城県も示しています。

食べ物の話をもう一つ挙げると、村田町の桜中味噌を塗って焼いた炙り味噌おにぎりがあります。地域おこしの取り組みの中で定番になった一品として、記録に残っています。

宮城オルレの村田コースは約13キロメートル、寄り道先を選ぶ手がかりになります

長い距離を歩く人向けには、宮城オルレが整えた「村田コース」が用意されています。2023年(令和5年)11月11日に開通しました。道の駅村田から出発して道の駅村田に戻る、約13キロメートルの道のりです。

宮城県は、所要時間を約4時間、難しさを中級としています。県の広報誌では、所要時間を4〜5時間と見込んでいます。

コースの途中には、白鳥神社と民話の里ふるさとおとぎ苑があります。白鳥神社は境内に大きな神木が何本も立ち、昔から大切に拝まれてきた様子が伝わります。ふるさとおとぎ苑には茅葺き屋根の古い民家があり、昔の景色が残されています。

中ほどでは、姥ヶ懐地区に伝わる「鬼伝説」に触れられるほか、蕎麦処で蕎麦も味わえます。後半は町の中心にある蔵の町並みに戻り、国の重要文化財のやましょう記念館で蔵や屋敷を見て回る流れです。干咾不動尊も見どころとして紹介されています。

このコースの持ち味は、歴史の色が濃く残る蔵の町並みと、蔵王連峰を遠くに望む里山の景色を一度に味わえるところです。自転車で同じあたりを走るときも、どこへ寄るかを決める参考にできます。

宮城オルレは韓国の済州島生まれの歩く旅

宮城オルレは、韓国の済州島で生まれた「オルレ」というトレッキングコースを、宮城県の中に整えたものです。「オルレ」は済州島の言葉で、通りから家へ入っていく細い路地のことを言います。

海辺や山の自然、民家の間の路地などを近くに感じながら、自分の調子でゆっくり歩くのがオルレの楽しみ方です。道案内には、「カンセ」という馬をかたどった標識と、青と赤のリボン、矢印が使われています。

宮城オルレは2018年に始まり、九州オルレやモンゴルオルレと並ぶ、済州オルレの姉妹版です。村田コースは2023年に加わったコースで、県内にはほかにも登米コース、大崎・鳴子温泉コース、奥松島コース、気仙沼・唐桑コースなどがあります。

地震の被害と改修費の重さが、蔵を守るうえでの課題です

国の保存地区に選ばれた後も、蔵の維持は楽ではありません。地震で蔵が傷んだことや、直すための費用を個人で払いきれないことから、観光の場としてどう生かすかが町づくりの課題になっていると報じられています。

訪れた人が町並みを歩いたり自転車で走ったりして、店や施設にお金を落とせば、それが村田町の蔵を次の世代へ残す支えになります。

宮城県初の保存地区、村田町を自転車で巡るためのおさらい

村田町の中心部には、紅花と味噌、醤油の商いで栄えた商家の店蔵と門が並び、約7.4ヘクタールの範囲は、2014年に宮城県内で最初の重要伝統的建造物群保存地区になりました。広すぎない町並みなので、目的を決めずに走るポタリングとよく合います。

大河原駅からバスで約20分、車なら村田ICから約2分です。主な立ち寄り先は、観光案内所のYAMANI遊客中心と国の重要文化財の旧大沼家住宅、休憩に使える道の駅村田です。

にぎわいを見たいなら10月の陶器市と布袋まつり、雛人形なら3月、食べ物ならそら豆の春と味来の8月が目当てになります。

よかったらシェアしてね!
  • URLをコピーしました!
  • URLをコピーしました!
目次