大分県豊後高田市の「昭和の町」は、昭和30年代(西暦でいえば1955年から1964年)の雰囲気が再現された商店街で、店は8つのエリアに分かれておよそ40店あり、寄り道しながらでも30分ほどで全域を歩いて回れます。少し足を延ばせば長崎鼻の花畑や真玉海岸の夕日、田染地区の古寺があり、国東半島には自転車で走れる豊後高田レトロルート(約41km)も設定されています。
町の中心にある昭和ロマン蔵には、駄菓子屋のおもちゃを集めた博物館や昭和の暮らしを再現した展示館が入り、通りでは揚げたてのコロッケや揚げパンを買って食べ歩けます。土日祝日には1957年式のボンネットバスが無料で商店街を一周します。
この商店街は2001年に再生の取り組みを始め、2026年に25周年を迎えました。

豊後高田の昭和の町は2001年に7店舗の認定から再生した商店街
昭和の町は、一度さびれた商店街を、店主たちが昭和の店構えと品物を磨き直すことでよみがえらせた場所です。
国東半島の商業の中心だった商店街が衰えた理由
江戸時代から昭和30年代まで、この商店街は国東半島の商業の中心でした。昭和30年代の中心市街地には、300を超える店がひしめいていたそうです。
流れを変えたのはモータリゼーションでした。モータリゼーションとは、自家用車を軸にした暮らし方が社会に広がることを指します。郊外に住宅地が造られ、総合病院や大規模な商業施設も郊外に建ち、幹線道路沿いには広い駐車場を持つ店が建ちました。豊後高田でもスーパーや郊外型の大型店が進出し、客を奪われた店が閉じて空き店舗が増えていきます。過疎化と後継者不足も重なりました。
一般論として、中心市街地がさびれる原因には、地方経済そのものの停滞、出店規制がゆるんで大型店が郊外へ広がったこと、そして中小の商店が集まる商店街の側が抱える課題の3点が挙げられます。
店を一軒ずつ説得して始まった「昭和の町」
1990年代に入ると、町の若者たちが商店街の衰えを止める方法を話し合い始めました。当時、商工会議所に勤めていた金谷俊樹さんは、地域全体を盛り上げる構想として「くにさき千年ロマン」を打ち出します。金谷さんは企画担当として一軒一軒の店主を説得し、昭和の店としての質を上げていきました。
事業が動き出したのは2001年です。最初に昭和の町認定店となったのは7店舗で、同じ年に通りの外観を整える修景事業も始まりました。店に代々残る道具や品を飾る「一店一宝」と、店の自慢の商品を売る「一店一品」という取り組みもあります。
翌2002年に駄菓子屋の夢博物館が、2004年に昭和の絵本美術館が開館しました。2005年には、民間側で事業を担う会社として豊後高田市観光まちづくり株式会社も生まれました。
来訪者は2002年の5万人から2010年には約33万人へ
2002年に5万人だった入込客数は、2003年に20万人、2004年に22万人、2005年に25万人となり、2010年には約33万人に届いています。
ただし2005年ごろには伸びが頭打ちになり、訪れた人の滞在時間が短いことが課題になりました。年間の来訪者は約40万人とされています。
昭和の町の展示が集まる昭和ロマン蔵は野村家の蔵3棟を改装した施設
昭和ロマン蔵は、昭和の町の展示館やギャラリーがまとまって入る施設です。もとは大分県でも指折りの豪商だった野村家の3棟の蔵で、それを改装してつくられました。館内では地元の産品や駄菓子などの土産も買えます。営業時間は10時から17時で、土日祝は9時に開きます。定休日はなく、休みは12月30日と31日だけです。
駄菓子屋の夢博物館に並ぶ昭和の品は6万点超
昭和ロマン蔵は平成14年度に整備され、その中に駄菓子屋のおもちゃのコレクションを見せる「駄菓子屋の夢博物館」が誘致されました。館内に並ぶ昭和期の品は6万点を超えます。
昭和の夢町三丁目館では教室や民家で当時の音まで再現
1955年から1974年まで、つまり昭和30年代から40年代の町並みをレプリカで組み立てたのが、昭和の夢町三丁目館です。ごく普通の民家や小学校の教室が再現され、効果音まで流れます。
館内は2つのゾーンに分かれています。昭和30年代の民家を再現したゾーンは有料で、商店や教室を再現したゾーンは無料で入れます。年代物のパチンコ台や射的も置かれ、勝てば景品として駄菓子がもらえます。
駄菓子屋の夢博物館とあわせて入れる共通入館券があり、20名以上の団体には割引も用意されています。料金は変わることがあるので、出かける前に公式の案内を見ておくと安心です。
チームラボギャラリー昭和の町は2017年4月23日開設
昭和ロマン蔵の一角には、2017年4月23日に常設展示「チームラボギャラリー昭和の町」ができました。展示作品は「お絵かき草地おどり」です。来場者がクレヨンで色を塗った人物の絵をスキャンすると、その人物が壁に映り、音楽に合わせて踊り出します。
題材の草地おどりは、江戸時代から続く地元の踊りで、草地地域で毎年夏のお盆に踊られます。豊後高田市内にはこの作品を含めてチームラボの常設作品が3つあり、真玉海岸にもその一つが置かれています。2022年には市内のデジタルアート3館とクリームソーダをセットにしたクーポンが発売され、2か月で581枚売れました。
レトロファッション館なら1着1,000円で昭和の装いに
同じ昭和ロマン蔵の中にあるレトロファッション館で借りられるのは、昭和30年代から40年代の服です。料金は1着1,000円です。借りられる時間は、平日が10時から16時、土日祝が9時から17時となっています。
商店街の食べ歩きは揚げたてコロッケ、締めは年2回の新そば
昭和の町の食べ歩きで観光客に人気なのは、肉店「肉のかなおか」のコロッケです。この店は、夕方になると地元の人が夕飯の買い物に立ち寄る普段使いの店でもあります。揚げパンも観光ガイドで絶品グルメとして取り上げられています。
ほかにも、焼き芋シェイクやそば煎餅、地元産のピーナッツ、アイスバーなどが通りの店先に並びます。持ち帰りやすい品が多く、歩きながら味わえます。
豊後高田の名物には、豊後高田そばもあります。春と秋の年2回、新そばが味わえる土地は全国でも多くありません。市の認定店では、挽きたて、打ちたて、茹でたての3つに採れたてを加えた「4たて」でそばを出しています。土産なら、そば茶や乾麺、生そば、韃靼そば、そばパスタが人気です。
土日祝は無料のボンネットバス「昭和ロマン号」で商店街を15分周遊
休日には、商店街を回るボンネットバスにも乗れます。「昭和ロマン号」と呼ばれる1957年式のいすゞBx141で、運賃はかかりません。昭和ロマン蔵の前から出発し、商店街を15分ほどかけてゆっくり一周するミニコースです。
このバスの通常運行日には、午前に4便、午後に5便の計9便が出ます。定員は1便25名で、乗れるのは先着順です。案内役のバスガイド、西佐知子さんは「女性版綾小路きみまろ」と呼ばれるほどの話術で人気を集めています。
この車両は秋田県大仙市で保存されていたものを福山自動車時計博物館が引き取り、平成21年から昭和の町を走るようになりました。昭和100年の記念に塗装し直したうえで、2025年3月20日から再び走り始めました。
昭和の町へはJR宇佐駅からバスで約9分から11分、宇佐ICから車で約25分
電車で向かう場合は、JR宇佐駅から大交北部バスに乗り、豊後高田バスターミナルで降ります。乗車時間は約9分から11分、運賃は250円です。
車なら、東九州自動車道の宇佐ICからおよそ25分で着きます。「昭和の町駐車場」には約100台がとめられ、最初の40分は無料、それを過ぎると400円です。
ポタリングとサイクリングは目的が違い、国東半島には豊後高田レトロルート約41kmなど9ルート
ポタリングは距離に合った自転車を選ぶところから
ポタリングとは、自転車でゆったり巡ることそのものを楽しむ乗り方です。走ることそのものや遠くへ行くことが目的のサイクリングとは、狙いが違います。
距離によって合う自転車が違うとされています。ママチャリやミニベロが合うのは5km程度までの短い距離で、20km程度の中距離ならクロスバイクのほうが扱いやすいと紹介されています。出発前には、自転車の選び方に加えて、服装や交通ルールも確かめておきましょう。
国東半島のサイクリングルートは初心者向けから健脚向けまでそろう
国東半島振興対策協議会は、初心者向けから脚力に自信のある人向けまで、9つのサイクリングルートを設定しています。その1本が約41kmの豊後高田レトロルートで、ほかに大分空港・長崎鼻沿岸ルート(約43km)と、半島をぐるりと回る国東半島一周ルート(約130km)もあります。
さらに長い道のりを走りたい人には、別府湾岸・国東半島サイクル海道があります。大分市の佐賀関付近を出て、豊後高田市の昭和の町付近で終わる約160kmのコースです。通る自治体は豊後高田、国東、杵築、日出、別府、大分の5市1町になります。
昭和の町から足を延ばすなら長崎鼻、真玉海岸、田染地区の3方面
昭和の町から少し離れると、花畑、夕日の名所、古寺と石仏の里があります。拝観時間や料金の目安は次のとおりです。
| 場所 | 時間 | 料金 | 所在地・アクセス |
|---|---|---|---|
| 富貴寺 | 8時30分から16時30分 | 大人500円、小・中学生150円 | 豊後高田市田染蕗2395 |
| 熊野磨崖仏 | ― | 大人300円、小・中学生150円 | ― |
| 真玉海岸 | 散策自由 | ― | JR宇佐駅から大分交通バスで約33分、泊バス停から徒歩3分。車は東九州道宇佐ICから約24km、駐車場あり |
長崎鼻の菜の花は約2,700万本、ひまわりは約140万本
長崎鼻は、季節ごとに岬が花で埋まる場所です。2026年に発表された本数は、菜の花が春に約2,700万本、ひまわりが夏に約140万本でした。例年8月中旬から9月上旬がひまわりの見頃にあたり、秋になるとコスモスが咲きそろいます。
2026年3月14日から4月12日までの金曜、土曜、日曜には、初の夜間イベント「長崎鼻 菜の花ライトアップ」がありました。
中央広場にはデジタルアートを展示する「不均質な自然と人の美術館」があり、海側には長崎鼻海水浴場が広がります。花畑で育った菜の花とひまわりの種からは「菜の花油」と「ひまわり油」がつくられ、特産品として買えます。一棟ごと貸し切れるヴィラを備えた「長崎鼻ヴィラリゾート」も、2026年7月19日に開業しました。
真玉海岸の夕日は日没と干潮が重なる晴れの日が見どころ
真玉海岸は日本の夕陽百選に入る夕日の名所で、2021年に国の登録記念物(名勝地関係)になりました。遠浅のうえ潮の満ち引きの差が大きく、潮が引くと干潟に縞模様が浮かびます。その縞に夕日が映り込む景色が、この海岸でいちばんの見ものです。3月から5月には、干潟でマテ貝の潮干狩りも楽しめます。
干潟が姿を見せるのは干潮をはさんだ数時間に限られるため、晴れていて、しかも日没と干潮の時刻がそろう日が狙い目になります。夕陽のきれいな日は、豊後高田市のホームページにある「見ごろのカレンダー」で案内されています。10月から11月は雲が高めに浮かぶ晴れの日が多く、美しい夕焼けを見られる機会が多いといわれます。
富貴寺の大堂は12世紀に建てられた九州最古の木造建築
田染地区にある富貴寺は、国東半島に古くからある寺です。天台宗の寺で、仁聞が開いたと伝わり、六郷満山に数えられます。記録に寺の名が初めて出てくるのは1223年です。
境内の大堂はカヤの白木でつくられた阿弥陀堂で、平等院鳳凰堂、中尊寺金色堂と並び称されます。九州最古の木造建築として知られ、建てられたのは12世紀と推定されています。天正年間に寺々が壊されたときも、明治の初めの廃仏毀釈のときも、この堂は失われずに残りました。
堂の中には、極楽浄土を表した木造阿弥陀如来坐像と大堂壁画があり、どちらも国の重要文化財です。壁画を守るため、雨の日は堂内に入れません。紅葉の見頃は11月中旬から12月上旬で、2025年には11月30日から12月7日まで大堂がライトアップされました。
六郷満山は、国東半島に点在する寺々をまとめて呼ぶ名前です。仁聞菩薩は宇佐八幡神の化身とも伝えられ、養老2年(718年)に半島の各地で28の寺を開いたと語り継がれていますが、年代や寺の数は伝承として残るものです。
田染荘小崎には中世の荘園の田んぼと水路がそのまま残る
富貴寺と同じ田染地区には、中世の荘園の姿をとどめる田染荘小崎があります。国東半島の西側、小崎川の中ほどに広がる台地で、中世から受け継がれた水田と水路、集落の区画がいまも使われています。この土地は重要文化的景観に選ばれ、さらに国東半島宇佐地域の世界農業遺産にも含まれます。
重要文化的景観とは、棚田や里山、用水路のように、土地の風土と人々の暮らしや仕事が一緒になって生まれた景観のうち、特に大切なものとして文部科学大臣が選定したものです。
田染荘小崎の田んぼを支えているのは、山のふもとで手入れされたクヌギ林です。クヌギ林が水源を守り、その水が水田と周りの生き物を養っています。ため池を囲むクヌギは堤が崩れないよう土を押さえる役目を持たされ、間伐で出たほだ木ではシイタケが栽培されます。ため池の水の管理と林の手入れを一体で続けてきたことが、多くの生き物のすみかを守ってきました。
古い形のイゼ(堰)や田越灌漑といった昔ながらの水の使い方も残っています。ホタルの名所で、オオイタサンショウウオという希少な生き物やトンボの仲間も見つかっています。御田植祭は毎年6月の行事で、荘園の里推進委員会が主催しています。
熊野磨崖仏は高さ約8mの不動明王と約6.8mの大日如来
熊野磨崖仏は、田染平野の山道沿いにある岩壁に刻まれた仏像です。今熊野山胎蔵寺から、かつての鎮守だった熊野神社へ向かう途中にあります。
高さ約8mの不動明王と約6.8mの大日如来が並び、藤原時代の末期につくられたとみられ、どちらも国の重要文化財です。仁聞菩薩が彫ったという伝説も残ります。
磨崖仏へ続く石段には、赤鬼がひと晩で積み上げたという言い伝えがあります。不ぞろいの石を寄せ集めたような段で、上に行くほど傾斜がきつくなります。
2026年は昭和の町25周年、駄菓子屋の夢博物館の「お宝特別展示」は11月3日まで
2026年、昭和の町は取り組み開始から25周年を迎えました。5年前の2021年の誕生20周年には、特別大感謝祭が開かれています。25周年を記念して、駄菓子屋の夢博物館では7月1日から11月3日まで「お宝特別展示」が開かれています。9月1日には作品の入れ替えがありました。駄菓子屋のおもちゃの所蔵数で日本一とされる小宮裕宣館長のコレクションから、えりすぐった品が並んでいます。
夏の行事「昭和の町打ち水大作戦&昭和の夜台市」は、2026年で第55回を数えました。開催日時は7月25日の17時から19時でした。会場は駅通り、新町1丁目・2丁目、中央通りの商店街で、約60店舗が加わり、大特価セールや限定商品の販売、縁日の催しなどがありました。
前年の2025年は春の4月から5月に昭和の町祭りがあり、同じ年に昭和の町展示館がリニューアルしています。
豊後高田の気候は年平均15.9度、自転車で巡るなら7月と8月は暑さへの備えが必要
豊後高田は、夏が暑く冬は穏やかな土地です。気象庁が観測した1991年から2020年の平年値で見ると、1年を通した平均気温が15.9度、降水量は年に1457.4mmです。月ごとの数字は次のとおりです。
| 月 | 平均気温 | 降水量 |
|---|---|---|
| 1月 | 5.3度 | ― |
| 6月 | ― | 260.8mm |
| 7月 | ― | 251.4mm |
| 8月 | 27.3度 | ― |
| 10月 | 18.2度 | 94.6mm |
| 11月 | 12.8度 | 63.8mm |
雨が多いのは梅雨から夏にかけてで、7月と8月は平均気温も26度を上回ります。この時期に日中長い距離を走るなら、暑さへの備えは欠かせません。反対に10月と11月は、気温も雨量も控えめです。
まとめ
豊後高田市の昭和の町は、昭和30年代の雰囲気を再現した商店街で、8エリア約40店舗を30分ほどで歩いて回れます。2001年に7店舗の認定から再生が始まり、2026年で25周年になりました。
昭和ロマン蔵に入れば、駄菓子屋の夢博物館や昭和の夢町三丁目館、チームラボギャラリー昭和の町をまとめて見られます。休日は無料のボンネットバスが走り、通りではコロッケや揚げパンを食べ歩けます。豊後高田そばは、春と秋の年2回、新そばを味わえます。
自転車があれば、約41kmの豊後高田レトロルートを走ることも、長崎鼻の花畑や真玉海岸の夕日、富貴寺と田染荘小崎の里まで足を延ばすこともできます。駄菓子屋の夢博物館の「お宝特別展示」は11月3日までなので、それまでに訪ねれば合わせて見られます。








